息子のままで、女子になる
新しい世代を代表するトランスジェンダーアイコン、サリー楓に密着した現在進行形のドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる』が2021年6月26日から、名古屋市中村区のシネマスコーレで公開される。
新進気鋭の杉岡太樹監督による意欲作。米国ニューヨークで映画を学び、三宅洋平の選挙活動を撮った『選挙フェス!』(2015年)が話題になった。
人生の先輩としてはるな愛が、楓の心に寄り添い、ビューティー界のカリスマことスティーブン・ヘインズがエグゼクティブプロデューサーを務めた。
ロサンゼルス・ダイバーシティ・フィルムフェスティバルでドキュメンタリー賞を受賞するなど、数多くの海外映画祭で注目されている。
見どころ
現在進行形の物語
サリー楓は、パンテーンCM「#PrideHair」起用や「AbemaTV」コメンテーター出演など、数多くのメディアに出演。トランスジェンダーの新しいアイコンとして注目されている。
建築家としての夢、息子としての期待に応えられなかった葛藤、家族との対話…。これは、彼女が自分らしく、いまを生きようとする現在進行形の物語。
慶應義塾大学で建築を学び、大手建設会社に内定。8歳からの夢だった建築家としての未来を歩み始めた。男性として入学し、女性として卒業。社会に出ていく中で、彼女は世間にある“トランスジェンダー”という既成概念に疑問を抱く。
自らのビューティーコンテスト出場、LGBT就職支援活動、講演活動などを通し、ステレオタイプとは違う、新しいリアルな個人としてのトランスジェンダー女性像を打ち出そうとする。
しかし、楓の心には、父親の期待に応えられなかった息子としてのセルフイメージが残っていた。新しい自分、本当の自分として世界に出たときに、家族はそれをどう受け止めるのか。その対話にもカメラは同行する。
そんな中、日本の“トランスジェンダー”を代表する存在であるはるな愛との対話を通し、世間の求めるレッテルに抗うがあまり、いつの間にか自分もがんじがらめになって「闘い過ぎている」ことに気づかされる。
何かを志し、何かを変えようとしたことがある人であれば、誰もが経験するだろう挫折、葛藤…。
そこには、自分らしく生きるためにもがき苦しむ、青春の1ぺージがあった。
新時代の旗手たち
エグゼクティブプロデューサーを務めたのは、世界トップ5のビューティーコンテストのディレクターで、今秋に日本で初開催するプラスサイズ女性のビューティーコンテスト「Today’s Woman」を主催するスティーブン・ヘインズ。
サリー楓と共にLGBT就職支援活動を行う株式会社JobRainbow代表の星賢人・星真梨子、日本アカデミー賞2冠に輝いた映画『ミッドナイトスワン』の脚本監修を務め、女の子になりたい男性を応援する「乙女塾」を主宰する西原さつき、浄土宗の僧侶でミス・ユニバース世界大会のメイクを担当し、Netflixの人気番組『クィア・アイ』日本シリーズに出演した西村宏堂など、新時代の旗手たちが登場するのも見逃せない。
本作のサウンドトラックには、エレクトロニクスと生楽器を調和させ、力強さと繊細さを自然体で同居させるticklesや、あいみょん「愛を伝えたいだとか」のリミックス、BAD HOPへの楽曲提供で知られるLil’Yukichiが参加。
さらには、yutaka hirasakaやAlly Mobbsなど、多様なバックグラウンドを持つアーティスト陣によってオリジナル楽曲が提供されている。
私たちはどう向き合うのか
パートナーシップ制度導入、同性婚の憲法違憲判決、東京レインボープライドへの15 万人参加など、 日本でも多様性、ダイバーシティといった価値観が注目されている。 新しい価値観にアップデートし、変化が求められる時代に、私たちはどう向き合うのか。
サリー楓は「LGBT 当事者であることは、数あるアイデンティティの一つにすぎない」と述べている。
杉岡監督は、サリー楓に会う前、「より多くの選択肢が認められる自由な社会を目指すために、今はまだその選択肢 を認められない人を第三者が悪者として非難する」社会への危機感を感じていたという。
多様性を受け入れること、価値観のアップデートには時間がかかり、その中で対立が生まれることさえある。大きい声 にかき消される声があれば、大きい声を目の前に言い出せなくなる声もある。
本当の意味での多様性、そして各々が認め 合い、受け入れられる社会とはどう作られていくべきなのか。そこに私たちはどう向き合っていくべきなのか——。
ストーリー
男性として生きることに違和感を持ち続けてきた楓は、就職を目前に、これから始まる長い社会人生活を女性としてやっていこうと決断する。幼い頃から夢見ていた建築業界への就職も決まり、卒業までに残された数カ月のモラトリアム期間に、楓は女性としての実力を試そうとするかのように動き始めた。
ビューティーコンテストへの出場や講演活動などを通して、楓は少しずつ注目を集めるようになる。メディアに対しては、自身が活躍することでセクシャルマイノリティの可能性を押し広げたいと語る楓だが、その胸中には、父親の期待を受け止めきれなかった息子というセルフイメージが根強く残っていた。
社会的な評価を手にしたい野心的なトランスジェンダー女性と、父親との関係に自信を取り戻したいとひそかに願う息子。この二つの間を揺れながら、楓はどんな未来をつくり上げていくだろう。
これは、社会の常識という壁に挑みながら、自分だけの人生のあり方を模索する新しい女性の誕生ストーリーである。
メッセージ
サリー楓
2018 年の夏、プロデューサーのスティーブンから「Could we film your documentary ? (君のドキュメンタリーを撮ら ないか ? )」と言われた。LGBT ドキュメンタリーって嫌いなんだよな…と、心の中でつぶやいた。
LGBT ドキュメンタリーが嫌いな理由は明白だった。私にとって、LGBT 当事者だということは、数あるアイデン ティティの一つにすぎないからだ。私は 20 年以上の男子生活をコンプレックスに感じているが、誰しもコンプレックス の一つや二つはあるだろう。
辛いことを乗り越えてきた LGBT。理解してあげなければいけない LGBT。私はトランスジェンダーだよ、自分らしく生きてるよ。多様性が大事なんだよ、あなたらしく生きていいんだよ…LGBT を取り巻くステレオタイプな主張は、 「嫌い」を通り超えて、虚しいとすら感じる。
私の LGBT っぽい部分だけが取り上げられ、あたかもそれが私のすべてで あるかのように見せられるのは御免だ…。
それでも私は「Of Course !(もちろん !)」と返事した。「Your documentary」という言葉が魅力的に聞こえた。二度とないオファーを断る勇気はなかったし、映画に出演することで目立ちたかったのかもしれない。
とにかく、私は、矛盾を抱えたままドキュメンタリーの撮影を承諾した。
撮影が始まってからの約一年半、私はカメラの前で日常を過ごし続けた。化粧に気合いを入れたり、格好をつけてみたりすることはあったが、ほとんど日常を過ごしたように思う。夢を追いかける一人の若者としてそれなりに努力し、それ なりに挑戦した。それなりに失敗し、それなりに泣いた。そんな「日常を生きる女性」が映っているだけの、ホームビデ オのような映画になると思っていた…。
しかし、ここに、すべての人たちに観てほしいドキュメンタリー映画が生まれた。 特に、「自分は“すべての人たち”に入らない」と思っている、すべての”あなた”に観てほしい。
当たり前だと思っていた「日常を生きる女性」を手に入れるために、トランスジェンダーである私が何と闘い、何を諦めてきたのか。私の知らない私が、スクリーンを通して見えてきた。
両親は、今でも私を出生時の名前(男性名)で呼び続ける。トランスジェンダーの世界大会は、集客のために「ニュー ハーフの世界大会」と自らを言い換えた。長年の夢が叶ったとき、ネットには「オカマ建築家、誕生」と書き込まれた。
忘れ去ったはずの醜い思い出が、染みついた汚れのように拭えない。きっと、私に対する社会の理解はステレオタイプなところで止まっている。いっそのこと、「そうですよ、生まれたときは男ですよ。面白い人生でしたよ」と、開き直ってしまいたいが、そんな度胸もない。
「トランスジェンダーだ、男だ、女だ」
「トランスジェンダーだ、ニューハーフだ、オカマだ」
「トランスジェンダーだ、LGBT だ、ダイバーシティーだ」
世の中は私たちをステレオタイプに捉え、知っているカテゴリーに分類する。カテゴリーがあることで得られる理解もあれば、カテゴリーがあることで受ける苦痛もある。だから、やっぱり、私は LGBT ドキュメンタリーが嫌いだ。
ところで、あなたに質問したいことがある。
「この映画は、LGBT ドキュメンタリーだっただろうか」
You Decide.
杉岡太樹
この映画は、楓とスティーブンと僕、考え方も目的も違う三人が中心になって、さまざまなバックグラウンドを持つ出演者や制作陣と共に作りました。たくさんの衝突や苦境を乗り越えて、ついに本作の公開を迎えることができるという事実こそが、多様性の結晶にほかならないと自負しています。
一方で、近年目にすることが増えてきた「多様性」や「ダイバーシティー」という言葉の使われ方には、どこか排他的な空気を感じます。画一的なポリティカル・コレクトネスに沿った「多様性」を包摂できない人は、まるで存在してはいけないかのように扱われていないでしょうか。
男性に生まれた楓が女性として生きようとする意志も、その息子の決断に戸惑う楓の父親の感情も、誰にも蹂躙されるべきではないと思います。より多くの選択肢が認められる自由な社会を目指したい。だからといって、今はまだその選択 肢を認められない人を第三者が悪者として非難する必要もないはずです。
多様性を含む社会では、理解できないことを理解できないまま受け入れ、共存する必要があるはずで、それは表面的には白黒はっきりせず、一筋縄ではいかないでしょう。そして、忍耐力が必要です。そのような「厄介でめんどくさいコミュニケーション」を尊ぶことが、本当の自分を恐れずに生きていく唯一の保証になる。そう信じてこの映画を作りまし た。
プロフィール
サリー楓
1993年京都生まれ、福岡育ち。建築デザイン、ファッションモデル、ブランディング事業を行う傍 ら、トランスジェンダーの当事者として LGBTQ に関する講演会も行う。建築学科卒業後、国内外の 建築事務所を経験し、現在は建築のデザインやコンサルティング、ブランディングからモデルまで、 多岐にわたって活動している。パンテーン CM「#PrideHair」起用や「AbemaTV」コメンテーター出演も話題。
公式HPは、こちら。
杉岡太樹監督
© Shinichiro Oroku
1980年生まれ。School of Visual Arts(ニューヨーク)で映画製作を学んだ後、日 米で異例のヒットとなった『ハーブ&ドロシー』などの制作・配給に参加。2010年より拠点を東京に移し、『沈黙しない春』で 2012年に長編映画デビュー。2015年、参議院選挙に立候補したミュージシャン・三宅洋平の選挙に密着した長編映画『選挙フ ェス!』が全国劇場公開された。クリエイティブディレクターを務めた長編映画『おクジラさま』は 2018年に日米で劇場公開。
その他
クラウドファンディング情報
映画『息子のままで、女子になる(英題:You decide.)』劇場公開支援プロジェクト
劇場公開を全国に拡げるための配給・宣伝費用の支援は、こちら。
公開表記
サリー楓 Steven Haynes 西村宏堂 JobRainbow 小林博人 西原さつき / はるな愛 制作・監督・撮影・編集:杉岡太樹
エグゼクティブプロデューサー:Steven Haynes
監督助手:新行内大輝 撮影:新行内大輝、小禄慎一郎 リレコーディングミキサー:伊東晃 テキスト:舩木展子
ヴィジュアルデザイン:ヒノキモトシンゴ 配給:mirrorball works 配給協力:大福 宣伝:大福、大西夏奈子音楽:tickles、yutaka hirasaka、Lil’Yukichi、Takahiro Kozuka、Ally Mobbs、ruka ohta
106 分/日本語・英語/カラー ©2021「息子のままで、女子になる」