ケンジタキギャラリー(名古屋) 2023年11月24日〜12月23日
吉本作次
吉本作次さんは1959年、岐阜市生まれ。名古屋芸術大学を卒業し、1980年代から活躍している。名古屋芸術大学芸術学部芸術学科美術領域洋画コース教授。
2020年のケンジタキギャラリーでの個展「巨木信仰」、2022年の個展「滝行」のレビューも参照。2024年4-6月には、名古屋市美術館で個展も開かれる。
今回の個展は、垂迹画の名品根津美術館所蔵の国宝「那智瀧図」とバーネット・ニューマン(1905-70年)のジップを想起させる作品を中心とした前回の個展の主題を引き継ぎながら、新たな試みも見せている。前回同様、充実した展観である。
素色、素描 2023年
今回の個展を見て、改めて吉本さんが、長年探究してきた東西の絵画の歴史から、諸形式を総合化させながら現代絵画を創造し、そこに神話や、巨木、滝、森など自然の霊性、神力というモチーフも取り込んでいることが印象づけられた。
同時に、個展のタイトル「素色、素描」でも分かるように、吉本さんは、色彩の画家というよりは、線の画家であり、描法を研究しながら描いている。油彩、水彩、テンペラ、鉛筆、木炭を使い分け、さまざまな画材を駆使し、転写も含めて、線を究めている。
2020年の巨木、2022年の個展や今回の森や滝の空間などにそれは顕著に表れている。
吉本さんは、歴史的な絵画の構造と形式、自身が崇敬する画家のモチーフや、筆法を探りながら融合させ、それにとどまらず内容や、物語をも盛り込んでいく。
バーネット・ニューマンの絵画がユダヤ的主題と関連づけられるのに対し、垂迹画の「那智瀧図」は、滝が神体になっている。吉本さんの作品でも、森の中を上から下へと垂直に流れる滝が霊妙不思議な存在感を伴っている。
多様な時間、動き、情報が複雑に絡み合う左右の森の有機的な世界に対して、垂直落下の水の幾何学性は、余白であり、静寂であり、虚でありながら力が満ちている。
前回の個展では、琉球神道の聖域である沖縄の御嶽をモチーフにした作品があったが、今回は、三重県熊野市の「花の窟」を描いた作品「岩窟」(写真下)が出品された。熊野灘に面した高さ45メートルの巨大な磐座が御神体で、日本書紀に記された聖地である。
画面の上と下の樹木が有機的に描かれているのに対し、露出した岩を幾何学的な線で構成。太い線は、油脂が多めの鉛筆で引き、粘度のある質感を出している。
それらの線による岩肌の表現は、線が調和とバランスとともに連動するように展開し、迷路のような構成となる。吉本さんはカンディンスキーのイメージがあったとしている。
この巨大な岩肌の線のように、吉本さんの絵画は、鑑賞者の目が画面の中をゆっくり逍遥できることが大きな特徴である。
また、別の大作「倣王蒙、具区林屋図」(写真下)は、途中まで描かれた状態で前回の個展に出品されていたが、その後、手が加えられ、ディテールはほとんど変わったという。
元時代に活躍した元末四大家の1人、文人画家の王蒙(1308〜1385年)による台北・故宮博物院蔵の「具区林屋図」を吉本さんが独自に解釈した作品である。
右上の太湖から洞窟の道を抜けると、桃源郷のような理想世界があったという作品である。元の「具区林屋図」は気味が悪いほど稠密な作品だが、吉本さんは、「牛毛皴」と呼ばれる王蒙独自の奇怪な曲線世界をほとんど幾何学形態や直線だけに置き換え、異なる世界に変容させている。
王蒙の粘着質の込み入った曲線が直線に置き換えられ、キュビスム風に還元された。画面のそれぞれの線が周囲と連動するような展開をはらんでいて、鑑賞者の目はその中を遊歩していく。
「素色、素描」という個展のタイトルに見られる通り、吉本さんの線に対する探究心は並々ではない。
線が細部に至るまで分析的に描かれ、それらが連動するように関係付けられる。絵画全体が1つの宇宙のような全体性をもちながらも、鑑賞者の眼差しをゆっくり移動させるように、線そのものが魅力的で、余すところなく部分へも向かわせるのである。
線を深めていくことで、抽象絵画のような構造が生まれ、色彩を限定することで地と図が入れ替わるような動きが生じ、地図のような俯瞰的な展開の中を眼差しが進んでいくような感覚に誘われる。
フラットな展開の中にさまざまな要素があって、色がないのに色を感じさせる。形式を研究しながら、内容、物語を深め、自然の霊性や神話のモチーフを盛り込み、東西古今の絵画の主題の換骨奪胎をも図っていく。
「瀧行(瀧の裏)」と題された作品は、外から見た滝ではなく、落下する水を裏側から描いた作品である(上の写真の中央)。白い線が大きく引かれ、水が落下するような動感を出している。
一方、その左右の岩肌は、デュシャンの《階段を降りる裸体No.2》が意識されていて、細長い有機的な形態が重なり合うように展開している。竹皮のような生々しい線が微に入り細を穿つ技法で描かれている。
油彩、水彩、テンペラなど、吉本さんはさまざまな画材、技法を駆使する。特にメインとなる油絵具は、紙に染み込む墨と異なり、ぬめりのような物質性と筆触があり、絵具を載せる、あるいは削るという2面性によってさまざまな質感、線が生まれてくる。
「南画 神話がいっぱい」(写真下)には、南画のような緩い、柔らかなタッチで、てんこ盛りのように多様な要素が採り入れられている。
セザンヌが繰り返し描いた水浴図、それを覗くすけべえな爺さん(旧約聖書外典『ダニエル書』に出てくる女性スザンヌの入浴姿を覗く老人たちの話)、ギリシア神話の女神アルテミスとアクタイオンの物語、キリストと従者、信貴山縁起絵巻「尼公の巻」などである。
深い森があり、画面右側にはドレープ感のある細い滝が落下する。画面の下方は夏の雰囲気で、上方(奥)の山には雪が降っている。
描くことで立ち現れるこの上ない豊潤さを、東西の歴史と絵画の形式、神話と物語、この日本の自然の霊性を見つめながら、追究する。その魅力の続きは、2024年4月6日からの名古屋市美術館での大規模な個展で堪能しよう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。(井上昇治)