侶居(三重県四日市市朝日町) 2020年11月28日〜12月13日
吉田佳代子さんは名古屋市在住。1999年、武蔵野美術学園版画研究科修了。名古屋のギャラリーA・C・S、東京のOギャラリーUP・Sでの個展を中心に作品を発表している。
「あわい」と題された展示では、リトグラフ作品の中の形象と形象、レイヤーとレイヤー、線と線、色彩と色彩、作品と作品、絵画空間と町家の展示空間のあわいが響き合っている。
「侶居」は、三重県四日市のJR四日市駅前の町家をリノベーションしたギャラリー。建物は建築から60年以上を経過。住み手を失った後、3年ほど前に、東京から移り住むことになった孫夫婦である2人によって再生された。
ギャラリー名の「侶居(ろきょ)」の「侶」は仲間、一緒に遊ぶ、「居」は居場所を意味するという。現代美術の企画展のほか、イベントスペースとしても貸し出される。
吉田さんは、玄関の空間、奥へと向かう通路、和室の床の間など、その和の空間の各所にリトグラフ作品を展示した。
土壁などの落ち着いた背景にしっくり馴染み、気持ちの柔らぐ展示である。
メーンの作品は、和紙に繊細なイメージを重ねた静謐な作品である。
細い柔らかな曲線の重なり、明度を変えた幾何学的な形、霧が立ち込めたような空間や、ドットの蝟集、影のようなシンボリックなイメージ、不穏な黒い異形の形象、奥の方から広がるほのかな光・・・。
内部に豊かさを抱え込んだモノクロームの世界。さまざまな要素がかすかに関係づけられながら、レイヤーを重ね、主張しすぎないほどに繊細な空間を生み出している。
色彩を使った作品は、モノクロームの作品よりは存在感を強めるが、さまざまな形象が前後に層を成し、柔らかな空間を生成させる点では共通している。
消え入りそうな線の集まりや、グラデーション、浸潤する色彩、地と図が入り組んだ形象の重なり。色彩が響き合う一方で、ところどころはエッジが効いて、テンションを高めつつ、穏やかな空間に包まれて、和らいだ空気を放散するようである。
色彩の上に黒い矩形を重ねた壁掛けの作品とともに、逆に紙としての色面そのものをテーブルに重ねた実験的なインスタレーションもあった。
版を介して、レイヤーを幾重にも載せることで空間をつくっていく版画の構造を物質的に示した作品のように思えた。
居間の空間や、照明を落とした細長い通路にも、空間を柔らかに変化させる小品が飾られていた。
オレンジ色の光の層のような甘美な作品は、町家空間に温かみを届けている。
薄暗い通路に展示された作品は、小さな絵画空間ならではの引き締まった簡潔さによってリズムを刻み、現実空間に豊かな彩りを添えている。
そうして、吉田さんが届ける小さな絵画空間が、見る人の心のスクリーンにもう1つの風景を連鎖させていく。
絵具という物質によって直接レイヤーを重ねるペインティングとは異なり、版画を選ぶ作家の多くは、版というプロセスを挟み込むことで、作品との出合いまでの時間を「間合い」として大切にする。
要素を切り詰めた小品にも、そうした吉田さんの時間感覚が滑り込み、見る人に共有されていくのを感じる。
美術作品の存在感という唯一無二の、いま、そこに在ること、平面という制約の中で、版を媒介としたレイヤーを重ねるというシンプルな作法によって豊かな空間を創造すること。丁寧なプロセスを重ねた自分らしさへの静かな歩みが、見る者を心地よい感覚へと導く。
今回の展示では、素朴な日本家屋に、決して大きくないリトグラフ作品の空間と色彩が響き合うことも確認できた。
侶居では、和の空間で、落ち着いた展示を展開している。今回は、初めて訪れた三重県四日市市のこの展示空間の魅力も体験できた。