ギャラリーA・C・S(名古屋) 2022年5月14~28日
吉田佳代子
吉田佳代子さんは1999年、武蔵野美術学園版画研究科修了。名古屋市北区在住。同市のギャラリーA・C・S、東京のOギャラリーUP・Sなどで作品を発表している。
2020年に、三重県四日市市の侶居で個展を開催。「吉田佳代子 作品展 間—あわい—」と題し、静謐なリトグラフ作品を町家空間の各所に展示した。
作品同士はもちろん、町家のたたずまい、絵画空間の中の形象、色彩のレイヤーが響き合っていた。
2022年 A・C・S
下絵を描いてから、ダーマトグラフ、ボールペン、解墨で描き、製版する。今回は多色で、4、5版で色を重ねている。
半透明、あるいは不透明な不定形の色面や、繊細な線、筆触の戯れが重なり合い、浸潤しあう。
それでも、互いに干渉し、混じり合う喧騒の空間ではなく、滑動するレイヤーが重なりあうように柔らかで静寂な空間を見せてくれるのが吉田さんの作品である。
侶居での個展が、モノクロームに近いおぼろげな色合い、あるいは逆に強めの色彩を含め、つくりこんだ印象もあったのに比べると、今回は、もっとさりげない。
激しさ、劇的要素はない。おおらかと言ってもいいし、自然にゆだねたと言ってもいい。
穏やかな色彩が、偶然の絵具の広がりや、無邪気な筆の動き、あるいは、反復される線、しみのような現れとともに立ち現れた趣きである。
溶解するような色面や、主張しすぎない形、抑制された線・・・。すべてが控えに接しながら、レイヤーを重ね、決して争うことはない。
時間が引き延ばされたような、ゆったりとした空間に計らいは見えない。むしろ、感じられるのは、色彩の安らかさ、緩やかな動きである。
もっとも、それは癒やしとは違い、絵具の絵具らしい力、形の形らしい存在感、色彩の色彩らしい豊かさがある。刹那を捉えながらも、その空間は、密度をもっていて、希薄というわけではない。
そこには、生命力、空間の充溢があるのだが、同時に、せめぎ合う、奪い合うことはなく、そうかといって、自分を失って混じり合うのでもなく、純度と温かな感触を保ちながら、ふれあい、重なり合って絵画空間をつくっている。
吉田さんの絵画空間の心地よさは、それぞれの色彩と形象が自分らしさを失うことなく、そうかといって、領野を無理に拡張しようというわけではなく、相手を引き立てながら、ゆったりとレイヤーを重ねあうからこそ生まれるのだろう。
一部に植物らしき形も見られるが、全体として、象徴性、隠喩、寓意はない。意味ありげな空間というよりは、てらうことない直截な絵画空間である。
この時代の不安や迷い、悲しみをも包み込むような、優しく柔らかな、節度と愉悦をおびた空間である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)