L gallery(名古屋) 2023年11月4日〜12月7日
山本一弥
山本 一弥さんは1978年、高知県生まれ。2000年、武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業、2002年、同大学院造形研究科美術専攻彫刻コース修了。
名古屋では、2008年に中京大学アートギャラリーC・スクエアで個展を開催。2009年から、Lギャラリーで個展を開いている。
塗料を混ぜた半透明の樹脂をシリコン型に流し込んで成形した彫刻である。軽やかに見えて、彫刻への重要な問いかけをはらんだ作品である。
内部は空洞でなく、完全に素材が詰まっている。そのことが、半透明の素材によって分かること、そして、一見、CGと見紛うような精緻な形態に身体感覚が強く反映しているのが特徴である。
制作過程においては、既存の写真イメージのコラージュを基に形を立ち上げている。
筆者は、作品の柔らかな形態、緩やかな襞、波のような自然な起伏を見て、CGなどコンピューターを駆使して作られた形態だと思ったが、全く違った。全てが手作業である。
樹脂素材を型取りしたスタイリッシュな作品であるのだが、素材、制作過程によって、彫刻という形式への意識に貫かれているところが、筆者を惹きつける。
幻覚と窓 L gallery 2023年
雑誌の、人体や服の写真の一部を切り貼りしたコラージュが作品のベースである。
体の形や服の襞、ドレープが偶然性とともにつなぎ合わされたイメージを基に、ドローインングをすることでイメージが生成される。
人体や服の写真が任意に選ばれ、つながれることで、差異が新たな差異を呼ぶように全体が変容していき、そのイメージにドローイングが加わることで一層、変化していく。
ドローイングを基に、粘土で二次元から三次元に形態を造形していく作業は、身体性に委ねられていて、作為性を避けている。
それを元にしたシリコン型に樹脂を流し込み、硬化剤で固めるが、表面を整えていくプロセス、磨く作業なども、舐めるような手の動きが色濃く形態に写し取られている。
つまり、作品としての外観は完璧なまでの姿を見せ、そこに至る制作手法もシステマティックである一方で、実際の過程は極めて身体的で、ほとんどが手作業による制作である。
彫刻は、素材によって中が充填されている、つまり無垢の場合と、反対に空洞の場合があるが、無垢であることに山本さんはこだわっている。
空洞であることは、たとえボリュームがあっても、見えない内部が空虚であり、見え方と内部が矛盾しているということである。山本さんにとっては、空洞ではない、肉のような内部が必要ということである。
彫刻とは何かを考えれば、単に何の形であるかという内容だけでなく、素材や、外と内、その境界、表面と内部という形式面を探究することになる。
山本さんが使う樹脂という素材は、自由な形を作れて、比較的軽くて、内部が見通せる半透明にできて、強度もある。彫刻とは何かを考え、分析するのには相応しい素材かもしれない。
山本さんの作品の素材、制作過程を見ると、できた作品の説明しがたい宙吊り的な感覚によって、「彫刻」を試しているというような気がした。
つまり、山本さんは、ある種のあいまいさ、言い方を変えると、《中間性》によって、生まれてくる彫刻からの答えを作品にしているというのが、筆者の見立てである。
素材、制作過程、制作方法において、山本さんの作品は、《中間性》を選んでいる。
個展のタイトル「幻覚と窓」は意味深だが、幻覚は対象なき知覚(虚構)であり、窓は透明性(事実)のメタファーではないか。山本さんの作品はその中間に、浮かんでいる。
真実と虚構の中間、透明性と不透明性の中間、非物質性と物質性の中間、秩序と無秩序の中間、思考と感覚の中間、物と身体の中間ーーなどである。
あえて、あいまいな態様を提示しながら、彫刻に踏み込んでいる作品である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)