ギャラリーA・C・S(名古屋) 2025年4月12〜26日
山口雅英
山口雅英さんは1962年、愛知県豊川市(旧・音羽町)生まれ。同市在住。愛知教育大出身。県立国府高校では 画家の故・近藤文雄さんから指導を受けた。
紙版画の作品を制作している。その手法などについては、2021年のA・C・S個展レビューで詳述しているので、そちらを参照してほしい。
2021年に見た作品は、円や正方形など幾何学的な構成と繊細な線、形象が結びついたイメージであった。

今回も、技巧を凝らしたさまざまな作品が出品されたが、筆者が最も惹かれたのは線を主体に構成したシンプルな作品である。
2025年個展
色面や幾何学的な形を除くことで、線の面白さが際立っている。多種多様な技法が使われているが、何よりも、紙の上に植物を押し当て、凹ませるエンボス加工で生まれた有機的な曲線がまず目を引く。
植物のつるのような茎が空間を這い、そこに人工的な直線が加わる。もやのかかったような空間で、山口さんの言う「ここでしか起こり得ない無二の出来事」が観察される。

生起する線が別の線を誘い、分岐が起き、ある場面が現れてはうつろい、そしてそれが消えていくような、次々とつながる現象を垣間見るような空間である。
紙版画の融通のきく自由さ、その選択をしなやかに実践していることが、画面の穏やかさ、細やかさから感じることができる。
取るに足らないような線が画面に走り、それを起点に別の線が紡がれ、定まった形に像を結ぶこともなく、詩的な何かを喚起することもなく、自然と人工が結び合いつつ、その「低位」「幼さ」「気ままさ」に豊かさを感じる。

無秩序に秩序を与え、その風景がまた無秩序に向かう予感をはらんでいる。線と線が応答しあいながら、相互に関係して世界を編んでいく。
画面はモノクロームである。色を使いたくなることはないのか。ふと、そう思ったが、色を使うと、色情報によって画面の印象が規定されてしまうだろう。山口さんは、この版画による質感と線、形、階調を静かにすくいあげている。
以前、山口さんから話を聞いたとき、紙版画の気軽さは、制作の自由さのみならず、彼の生き方や心のありよう、ひいては人間観、世界観と結びついているのだと納得した。
人が生きるということは、程度の差こそあれ、意味や概念の世界、そしてシステム、社会と折り合いをつけることである。山口さんはそのことに自覚的である。

前述した山口さんの言葉「ここでしか起こり得ない無二の出来事」は、そのあと、「世にかぎりなく繰り返されうるもの」につながる。つまり、この「無二の出来事」と「繰り返されうるもの」が出合う景色が、ここにあると。
この反復・循環と唯一性との邂逅が、生命であり、存在であり、世界である。幾何学的な直線と不意に現れる植物の線の出合いが、それを物語っている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)