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山口雅英—紙版画展—A・C・S(名古屋)で4月24日まで

ギャラリーA・C・S(名古屋) 2021年4月10〜24日

 山口雅英さんは1962年、愛知県の旧音羽町(現・豊川市)生まれ。同市在住。愛知教育大出身である。

 県立国府高校では、 画家、近藤文雄さんから指導を受けた。1960年代以降、戦後日本のあり方に対し、メッセージ性の強い作品をアンデパンダン展などに出品、前衛的な姿勢を貫き、2017年に亡くなった人である。

 山口さんにも、穏やかながら真っ直ぐな人柄を感じる。10年ほど前、ベニヤを使ったコラグラフ版画から、紙版画へと展開し、以後、紙を版にした表現を突き詰めている。

 子供の図工教材という一般的な認識を超え、他の版種に引けを取らない高度な表現を生んでいるのは驚きである。

 版画といっても1点もののモノプリントである。 紙版画という平易な技法を探求しながら、深い表現を生みだす山口さんの逆説的な姿勢には、思想のようなものさえ感じる。

 不勉強な筆者は、そもそも、紙版画という技法があることすら知らなかった。山口さんが紙版画によって紡ぎ出すイメージは、とても多様である。

 全体は、円や正方形などによる幾何学的な構成。その中にさまざまな繊細なイメージが浮かび上がる。

 円や正方形の1つ1つは小空間なのに、その濃淡とテクスチャー、形象と色彩、線が一体となって無窮の宇宙のような広がりを感じさせる。

 紙の上に植物など物を押し当て凹ませるエンボス加工、切る、貼る、塗る、剥がす、引っ掻くなどの方法や、ステンシルなど、多種多様な技法が使われている。

 1つの技法を起点に試行錯誤を繰り返し、さらなる方法が枝分かれするように展開する。

 使う素材を変えれば、また表情が変わる。これほど多彩で奥深い表現が紙でできるのかと感嘆する思いである。

 加工が簡単なだけに、さまざまな実験が容易にでき、なんとも自由である。

 技法が表現を生み、また別の技法が試される。その連鎖は無限である。生成する空間が謎めき、変化し続けるありようは、あたかも宇宙のようである。

 版画は、版種や技法の影響が大きいが、同時に、そうしたシステム、方法論に拘泥すると、自由さを奪われる。

 山口さんの作品を見ると、紙という版に対する技法を創意工夫し、自由に制作すること自体を楽しんでいる様子が伝わる。その自由さは、どう生きるかにも直結している。

 山口さんによると、紙版画は、コスト面、技術、制作時間などにおいて、とても扱いやすい。

 だから、子供の図工教材のように低位なもの、取るに足らないものと見られかねないのだが、山口さんは、まさにそこに自由さの拠点を置いているのである。

 自分で先に表現したいイメージ(内容)を決めて、それにふさわしい技法を用いるだけなら、それは選ばれた1つの方法に過ぎず、自由からはほど遠い。

 山口さんは、これを逆転させる。

 つまり、紙版画という技法の可能性を押し広げることで、世界とどう関わるかを問いかけている。技法を探求することによって世界が開かれ、そこに生命が宿るのである。

 山口さんの制作のスタンスを聞いていくと、生命とのアナロジーがあることに気づく。

 山口さんの作品は、繰り返すものと、繰り返さないもので成り立っている。

 反復、循環と、一回限りの固有性。

 すなわち、画面に繰り返される正方形や円、そしてそれとは別に不意に現れたようなコード化不能な細部の形象、陰影、線、色彩、濃淡、痕跡・・・。

 それは、連綿と繰り返される生命(遺伝子)と、一度きりの私やあなたのような、奇跡のような存在性、その現れと言っていいかもしれない。

 時間や手間をかけずに、思うままに可能性を探求できる紙版画は、技法が高度で自由度が落ちる版種よりも、あたかも生命のように変化、進化が起きやすく、多様な表現を生みやすい。

 山口さんは、技法や制作プロセス、また作品そのものにおいても、繰り返される不変のものと、一回性の固有のものという生命のあり方に倣って制作している。

 それは、紙版画という簡単で、とてつもなく自由度の高い技法と分かち難く結びついているのである。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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