AIN SOPH DISPATCH(名古屋) 2021年10月2〜23日
山田純嗣
山田純嗣さんは1974年、長野県飯田市生まれ。愛知県立芸術大学大学院美術研究科研修生油画専攻修了。
美術史の名画を参照した精巧で美しい画面と、そこに至る独特の制作プロセスで早くから注目され、数々の個展、グループ展で作品を発表してきた。
名画の空間構造を読み解き、実際に石膏やジェッソ、針金、樹脂粘土や木粉粘土などで空間的な立体を制作。それを写真に撮影し、版を起こして定着したイメージに細密なドローイングを銅版で重ねるというプロセスである。
「インタリオ・オン・フォト」と呼ぶその技法では、過去に描かれた美術史の絵画と現在を結び合わせながら、立体、写真、版画、ドローイング、絵画といったメディアを横断。
オリジナルとコピー、三次元と二次元、事実と虚構、全体と部分、必然と偶然、作為と自然を往還するイメージを山田さんならではの世界観で、美的かつ軽やかに提示している。
この個展と同じ時期に、東京の不忍画廊での「シノバズクロニクルⅣ 無音の情景」(2021年10月2〜23日)、大阪のTEZUKAYAMA GALLERY VIEWING ROOMでの「絵画の証Ⅲ-東海版-」(2021年9月17日〜10月16日)にも参加している。
絵画をめぐって 花と花瓶
メインの作品は、有名なボッティチェリの「PRIMAVERA(プリマヴェーラ)」を題材にした作品である。
314㎝というこの作品の横幅はそのままのサイズで再現し、高さは203㎝のうち下部の80㎝をモチーフとした。
もとの絵画の中の、神話に登場する男女の足と、地面の花がある空間の構造をめぐる作品だと言ってもいい。
空間構造を読み解くために、最初に制作した立体のインスタレーションと、それを基に制作した長大な平面作品、および部分を作品化した小品を展示している。
背後の樹木も描かれているが、印象的なのは、すねから上がカットされた男女の足とその周囲の花々である。
もともとは、東大阪市民美術センターで2021年4-6月に予定されながらコロナ禍で中止となった現代美術のグループ展「ひみつの花園」で発表されるはずだった作品である。
山田さんには、中世のタペストリー《囚われの一角獣》をモチーフにした2009年の作品があるが、その空間との関係性の中で制作された作品でもある。
つまり、《囚われの一角獣》では、一角獣を囲む一面に小さな花々が均質に広がる空間が印象付けられるが、山田さんは、この中世ヨーロッパで一般的な模様「ミルフルール」を「プリマヴェーラ」の足元の空間にも見ているのである。
ここで山田さんは、平面化された模様であるミルフルールと、遠近法を内在させた「プリマヴェーラ」の足元の花の空間との関係を、立体をつくることで探っている。
山田さんは、この絵画空間を立体化することで、片足に体重をかけるコントラポストの足の形が別の人物との間で反復されていることにも気づいた。
そうして制作された山田さんの作品には、空間と足の配置のリズム、反復された足の形の色っぽい形態、足と背景の樹木とのアナロジー、模様的な要素もある花々の強調された美しさなど、絵画の新たな見え方が満ちている。
山田さんの作品では、名画の立体化や、写真、版画、ドローイングという横断的なプロセスを経ることによって、美術史のディテールへの解釈や着眼が作品に新たな価値を与えている。
今回は、足元の空間や花の描写、足の形に着目することで、部分と全体を行き来するような見方、局所へのズームインと全体へのズームアウトによって、豊かなイメージをつくっている。
このほか、ヤン・ブリューゲルの花瓶の花や、高橋由一の「豆腐」、バロック期のスペインの画家、スルバランの「壺のある静物」も取り上げられている。
また、これらとは別に、油彩画の小品シリーズが展示され、とても興味深く思った。
2020年11月24日〜12月12日に東京の不忍画廊で開かれた個展「絵画をめぐって 点景」で発表された連作である。
スケッチブックに水彩絵具でドローイングをし、それを写しとるように水分を多く含んだ絵具での模写を5回ほど繰り返し、形を崩していく。
イメージを作為を超えた変容によって生成させると、今度は、それをキャンバスと油彩絵具で再現し、その「風景」の中に、中国の絵画技法書「芥子園画伝」から引用した人物の点景を配したのである。
いわば、水彩のにじみによる抽象性を西洋画の描法で再現しつつ、人物の点景を配し、具象的な風景を成立させようとした、ユニークかつ果敢な試みである。
西洋画と東洋画、油絵と水墨、作為と不作為、技巧主義と精神主義、具象と抽象、線と面、風景とイメージなど、さまざまな問題意識が盛り込まれている。
これまでとは違う方法で、山田さんの絵画への洞察が試みられた試みで、筆者は興味深く感じ入った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)