L gallery(名古屋) 2023年9月9〜24日
植松ゆりか
植松ゆりかさんは1989年、静岡県富士市生まれ。2011年、名古屋造形大学を卒業。2017年、愛知県立窯業高等技術専門校(現・愛知県立名古屋高等技術専門校窯業校)卒業。
愛知県瀬戸市の共同スタジオ「タネリスタジオ」に参加。各地で個展を開き、グループ展にも参加している。L galleryでの個展は、2年ぶりとなる。
2020-21年のL galleryでのグループ展「星月夜 -ほしづくよ-」のレビューはこちら。2021年のL galleryでの個展「Rabbit hole」レビューはこちら。
「 瀬戸現代美術展2019」では、裏返して樹脂で固めた多数のぬいぐるみを木から吊るしたインスタレーションを出品した。また、「瀬戸現代美術展2022」では、引き裂いた布や、ぬいぐるみによるインスタレーションを展開している。
主にぬいぐるみを素材に立体やインスタレーションを制作し、近年は、帯状に裂いた布切れも使う。大胆な方法のみに頼らず、刺繍、やきものなど、幅広い手技を駆使する。
植松さんは、青年期まで親の影響下で、ある信仰の信者として神中心の世界観で育ち、また、幼少時からの触覚、聴覚、視覚のトランス状態になることがあり、かつてほどではないにせよ、今も続いている。作品は、そうしたこれまでの生い立ちの影響なくして語れない。
子どもにとって、ぬいぐるみは、母子の分離不安に対する防衛的、代理的な愛着対象、いわゆる「移行対象」とされるが、植松さんの作品では、それが破壊的に扱われるのが大きな特徴である。
つまり、彼女の作品では、腹を引き裂かれ、裏返しに反転され、コンクリートや樹脂、シリコンを流し込まれたぬいぐるみの異形や、時に、それが押しつぶされたように歪んだ姿に、かつての神という存在や両親との関係、抑圧と罪悪感からの自己解放、価値観の転換、葛藤と倒錯の感覚が投影されている。
2021年4-5月の前橋市での個展では、インテリア用の布を引き裂き、ギャラリー空間の中に肋骨のような形状にして吊るすなど、自分の感覚異常を反映させたような不気味な空間をつくっている。
Strange Harvest
今回の個展では、ここ2年の間に発表したインスタレーションを構成した要素を改めて単体の作品として見せるとともに、新たな試みを加えている。
2年の間には、「瀬戸現代美術展2022」や、長野県諏訪市のギャラリー風我で2023年3月に開いた個展「 ほふる園-豊かな贄-」など、大規模なインスタレーションが続いた。
とりわけ、諏訪市でのインスタレーションは、筆者も見ることができなかったが、今回は、その一部が再構成され、展示の中心となっている。
具体的に言えば、植松さんが諏訪市で見せた作品は、諏訪大社の御頭祭にインスピレーションを受けて制作している。
御頭祭は、農作物の豊穣を祈って、毎年4月15日に行われる。鹿頭をはじめ、鳥獣魚類が供えられるため、一部では狩猟に関係したお祭りとも言われている。今は、鹿肉とともに剥製の鹿頭を供えているが、昔は75の鹿頭が生々しく献じられ、中に、必ず耳の裂けた鹿があったとされる。
植松さんは、鹿などを御贄として神に捧げるこの祭りから、さまざまな要素を取り出し、諏訪市のギャラリーでインスタレーションとして展示した。
もっとも、御頭祭をそのまま作品化したわけではない。自分が神を中心とする世界観で生きてきた生い立ちとも絡め、意味をずらしながら、グロテスクな空間にしているのだ。
言い換えると、それは、植松さんが過去と向き合い、自分の内面を空間化したような、そんなイメージの展示である。
古民家のギャラリー空間の中に、切り裂かれた布が肋骨のように天井から吊るされるとともに、体が切られたぬいぐるみや、皿、燭台などによって、自分のための祭壇がしつらえられたのである。
今回は、そのときに展示された皿や燭台、ぬいぐるみなどが改めて出品された。皿は、祭事に使われた鹿などの獣肉を食べても穢れにならないとされた一種の免罪符「鹿食免」や「鹿食箸」から発想したものである。
皿は、布製と、やきものがあるが、布製の皿には、ブロンズで鋳込んだ異形のフォークがくくりつけられ、刺繡が施されている。
刺繍は、キリスト教の七つの大罪(罪源)である傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、色欲、暴食に相当する動物、ブタ、ヘビ、ワニ、ネコ、ヤギ、サソリなどをかたどった装飾である。
このように、今回の展示では、諏訪大社の御頭祭の由来と、これまでの作品とが結合することで、新たな展開を見せていた。
諏訪大社に捧げられた鹿頭と、従前から素材にしてきたぬいぐるみがつながることで、独特の生い立ちを歩んできた植松さんの作品世界が、より広がりを見せた感じである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)