PHOTO GALLERY FLOW NAGOYA(名古屋) 2024年3月2〜24日
堤麻乃
堤麻乃さんは兵庫県生まれ。2014年、英国アーツ・ユニバーシティ・ボーンマス写真科卒業。関西を中心に作品を発表している。
公募型の写真フェスティバルである2023年のKYOTOGRAPHYのKG+などで注目を集め、今回の名古屋での個展が決まった。
Reframing ‘In progress’
複数の小さなモノクロ写真を組み合わせ、箱(額)の中で立体化した作品と言えばいいだろうか。それぞれの写真は浮かせるように空隙をつくりながら重ねられ、互いにずれ、あるいは傾けられ、空間化されている。
個々の写真をのぞきこむと、何か明確な被写体があるわけでないことが分かる。光と影そのものがモチーフともいえる。光と影が複雑に積層され、全体に、ざらついた、カオティックでノイジーな印象である。
粗い陰影と白飛びを起こしたような過剰な光が見られ、さらに写真の中に別の写真が幾重にも包含されていることに気づく。
堤さんは、最初に小型の模型空間を懐中電灯で照らし、その空間を撮影し、さらに、それらの写真群に光を当て撮影するという行為を反復させながら、最終的にプリントした写真を空間化しているのである。
簡潔に言えば、絵画の中に絵画が描かれる「画中画」ならぬ「写真中写真」によって、空間のイメージ(光と影)の入れ子構造が反復され、さらに、それがギャラリー空間の中にあることによって、現実的にも入れ子構造になっている。
いわば、空間における光と影が絶えざる「メタ」構造を繰り返している。これで、各々の写真が傾き、重なり、空間化されているのも合点がいく。「メタ」構造が、イメージのみならず、実際の物理空間にも関わっているのだ。
しかも、光を当てて撮影を反復させることで、イメージは複雑化すると同時に、過剰な光によって白飛びして、一部が消える。つまり、イメージの生成と消滅が同時に起こって繰り返される。
会場では、1つの作品に複数のスポットライトから、精妙なライティングがなされ、空間化された写真群に現実の光と影も作用している。
言うなれば、複雑な入れ子構造の写真群と、箱(額)の中のミニチュア空間と、現実のギャラリー空間との関係が錯綜し、どの次元の光と影なのか、観者が混乱するように作られているのだ。
光と影、イメージと物質、虚構と現実、平面性と空間が複雑に更新され続け、まさに、この展示空間で進行する。それゆえのReframing ‘In progress’なのだ。
堤さんの写真は、風景や人物などの被写体があるわけでなく、写真についての写真であり、光と影についての写真である。自己言及的で、コンセプチュアルであり、過去の光と影が絶えず新たな写真や空間に組み込まれ、増殖していく。
つまり、誰が何をどのように撮影したかという写真家と被写体の関係は、ここにはなく、あるのは、写真そのもの、光と影そのものを重層化し、更新し、「今、ここ」という展示環境へと送り届ける営為である。
いわば、そうした現場、写真と観者との関係こそが前景化し、私たちは、写真家が撮影した世界を傍観するのでなく、自ら、写真がもつ光と影の深度に参加する。
私たちが目撃するのは、入れ子構造になった、何世代にもわたる過去の光と影と、現在の光と影が等価に同居し、混ざり合う、多層的な光と影の混成する世界である。
堤さんは、作品制作と現場での展示作業を緻密に進めるが、入れ子構造が反復した多層的な光と影は、実体との対応関係を振り切るような時間と空間の超越性、言い換えると、ある種の霊性を帯び、神秘的である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)