ギャラリーA・C・S(名古屋) 2022年10月1〜15日
坪井孟幸
坪井孟幸さんは1943年、名古屋市生まれ。武蔵野美術大学卒業。名古屋市緑区で制作し、1996年からA・C・Sで個展を開いている。
銅版画、ドローイングなどを発表。吉田川(岐阜県)でのアマゴ釣りをきっかけに、40代半ばの1990年前後から、川を中心とした自然がモチーフになった。
「自然の呼吸」ともいうべき、うつろいゆく自然のささやかな息遣いが繊細に表出されている。川のせせらぎ、降り注ぐ陽光、風と川面、草むらのそよぎ、森のざわめきが、自分の体と一体となったものとして、画面に定着される。
人間の目には見えないおびただしい命がつながりあって、豊かな宇宙をつくっている。そんな美しく響き合う世界である。
前回の2020年の個展では、パステル画によって、自然とふれあう素直な心情を表出した。今回は、一転、強いメッセージを託した銅版画作品である。
銅版画 2022年 Limited year 2030
日本が2021年4月、2030年度に温室効果ガス46%削減(2013年度比)を目指すと表明したのを受けて、自然をモチーフとしてきた坪井さんが思いを込めた作品である。
旱魃、海面上昇、大雨、熱波、森林の伐採や火災、氷河融解など、地球温暖化による変化を、坪井さんも深刻なものとして受け止め、未来の地球を危惧している。
自然の中を歩きながら、一般論を超えて、自然のサイクルが変わったこと、美しい自然が失われるのではないかという不安を肌身で感じているのだろう。自宅の庭で野菜を育てながら、植物や小さな生き物に常に注意を向けている。
そうした中で、次世代の子供たちにどんな地球を残していけるかという自問自答があり、今回の作品につながった。
作品は、青を基調としている。海、青空と雲海を想起させる色彩である。流れるような、漂うような空間が広がっている。
温暖化による熱によって赤くなった地球のイメージや、氷河と思われる形象も描かれているが、全体的には、青い色彩のグラデーションがあって、美しくさわやかな印象である。
また、一部の作品では、リンドウの花のイメージなど、2016-2018年ごろ、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」をモチーフに制作したときの版が再利用されている。
何よりも、今回の作品では、地球温暖化や、温室効果ガス削減目標に関する文章が、日本語、あるいは英語で書かれているのが特徴である。
あたかも経文のようである。イメージとオーバーラップするように手書きで、ぎっしりと埋められ、坪井さんの並々ならぬ思いが伝わってくる。
未来への願いが、川を見つめることで感じた水のせせらぎ、風や光、季節の小さな変化、生き物や緑の息遣いに自身の呼吸を重ね合わせたような画面空間から伝わってくる。
そこにあるのは、自分自身と身近な自然、地球、宇宙がつながっていくような、今、ここに生きている存在の感覚。
自然の調和、美しさを尊び、感謝し、それを自分の命のリズムと重ね合わせてきた坪井さんの祈りである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)