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谷口吉生さん、豊田市美術館を語り尽くす—リニュアール記念講演会

記念講演「谷口吉生—美術館を語る」

 リニューアルオープンした豊田市美術館で2019年6月15日、美術館を設計した建築家、谷口吉生さんの記念講演「谷口吉生—美術館を語る」が催された。

 抽選で選ばれた約150人が聴講。村田真宏館長が聞き手となり、丁寧に谷口さんの豊田市美術館への思いや建築思想を尋ねた。

 こうした講演では、スライドを映して、建築家の作品展開を追うことが多いが、今回は、テーマを豊田市美術館に絞り、約2時間、村田館長が日頃の館での業務の中で感じた建築や屋外のランドスケープ、展示室の魅力や、発想の裏側、思考の軌跡などを深く丹念に聞き、結果、豊田市美術館を解剖するかのように語り尽くす充実した内容となった。

 本稿では、多様で端正な空間が詩的に連鎖し、空間のみならず光や眺望がうつろいゆく美術館について、谷口さんが語ったほぼ全容を紹介したい。

「建築は器である」

 「建築は基本的に器であり、美術館なら作品を見せる器、作品と人が出合う器である。展示物を見やすくする、そのことに注意して設計している」

 谷口さんは冒頭、美術館建築への思いを尋ねた村田館長に対し、そう述べ、「形にテーマを反映させるのではなく、建築はあくまで枠組み。美術館で言えば中の作品を守り、引き立てるものである」と続けた。

 建築家の主張を強く打ち出し、テーマを建築の外観に反映させるのではなく、「ものと人との関係を建物としてどうするか」について思索を深めるというのが谷口さんにとっての一貫した方法。

 豊田市美術館が開館して2年後の1997年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の増改築計画の設計者に決まったばかりの谷口さんにインタビユーした時も、谷口さんは「何を展示するのか。どんな場所に建っているのか。そこにはどんな歴史的な背景があるのか。そういう文脈をを調査し、その制約や条件の中で一番いいものをつくろうとする」と話した。

 当時、シャレットといわれる綿密なプロセスの設計競技には、レム・コールハース、ヘルツォーク&ド・ムーロン、バーナード・チュミら名だたる建築家が参加。谷口さんはその中を勝ち抜いた。

 村田館長が谷口さんの建築作品全体の中での豊田市美術館の位置付けについて聞いた時に言及したのも、設計を担当したMoMA。1年間を要したMoMAの設計コンペ審査は大変厳しかったという。

 審査関係者が作品の現地調査で豊田市美術館を視察した時は、「スロープを上がって池や城など外の風景が見えるなど、目の休まる場所があるのがいい」と言われたと振りかえり、豊田市美術館の評価がMoMAのコンペを勝ち抜く要因の一つだったと述べた。

敷地から発想する

 谷口さんは、設計する建築を敷地という条件から発想する。豊田市美術館のある場所はもともと小学校の敷地。谷口さんは城跡の丘の高低差を生かし、一番下の地階レベルを職員の出入り口と搬入口、一階を来館者の正面玄関へのアプローチ、二階を池と庭園に定めた。

 村田館長がスクリーンに投影された美術館の空撮写真を使いながら質問していく中で、谷口さんは、昔からの古い豊田の町に面する西側の正面玄関、新しい豊田の町の景観を見下ろすような位置にある東側玄関をテラスでつなぐという狙いを紹介した。

 豊田市美術館は、この二つの来館者玄関を結ぶ東西軸と垂直関係にある南北方向に長く、南から企画展示室、常設展示室、高橋節郎館が独立性をもちながら、統一性のある配置で並んでいる。

 一体感を持たせているのが、南の企画展示室から北に伸びるように緑色のスレート(粘板岩石盤)で組まれた長大なアーケードで、連なる確固としたグリッド構造が幾何学的な美しさを際立たせている。

 「敷地などの設計条件の問題をあえて自分で設定することから発想する」というのが谷口さんの建築。同時に強調したのが「動線」「歩くルート」だ。谷口さんは美術館建築について「美術館は、来館者が作品と出合う旅行のようなもの。そのルートと、それによってうつりゆく景観を映画のシナリオのように考える」と語った。 

谷口吉生さん(左)と村田館長

素材へのこだわり

 続いて話が及んだのは、豊田市美術館の屋内外の各スペース。村田館長が着目したのは、企画展示室の外壁材の緑色のスレートだ。

 村田館長が建築における素材について尋ねると、谷口さんは建築の設計について「形よりも、まず素材(材料)と、光の透過または反射、そして全体のプロポーションの三つから考える」と明言。

 その上で、この緑色のスレートについて、米国バーモント州産出の粘板岩で一般には屋根に使う素材だと説明した。値段的にも高価で、「MoMAでも使おうと思ったが、(高価なので)叱られた」と話し、笑いを誘った。

 この緑のスレートについては、「色や形が主張しすぎると、作品と喧嘩をするし、無彩色ではつまらない。石は劣化するものもあるが、この石は劣化せず、使っているうちに緑色が濃くなって、いい色になってきた」と述べ、村田館長が乳白色のガラスや樹木など周囲との色のバランスが気に入っていることを告げると、「自然の色なので周囲との相性もいい」と応じた。

 谷口さんが同様に石材へのこだわりとして挙げたのが東京国立博物館の法隆寺宝物館で、ここでは、一般には住宅の床材に使うドイツ産のジュライエロー(ジュラ紀の石で化石が多く見つかる)を使ったと説明した。

緑が映える企画展示室の箱。そこから同じ石材によるアーケードが北に伸びている

変化に富んだ空間

 構造と外観の関係という話題の中で、谷口さんは建築構造を見せない工夫も紹介。日本は地震国なので耐震性が求められるが、人が歩く場所は太い柱を使わず細く見せながら、ガラス面を広くとって明るくする一方、収蔵庫や企画展示室などの厚い壁で力を吸収できるようにし、全体構造のプロポーションを考えているという。

 また、村田館長があえて正面玄関からのエントランス部分を狭くしている点について触れると、千利休が取り入れた茶室のにじり口のように小さな空間を作り、そこから企画展示室の空間に入ると、より大きく感じるようになるとの話が披露され、なるほどと聴衆を頷かせた。

 さらに谷口さんは「窓は小さく、また低い位置にして、そこから周囲の景観を見せている。これは美術館の外の景色にとっての額縁の役割を果たし、絵画の額縁のように風景を切り取っている」と述べた。

 続いて、村田館長が尋ねたのが、展示空間。密閉された単純なホワイトキューブでなく、側壁から光が入る場所や、上階への階段が伸びる箇所があるなど、白い箱にさりげなく別の価値を加えているのはなぜか。

 豊田市美術館では、自然光が効果的に入り、しかもコントラストは強くなく、柔らかで心地よい光が包む。

 谷口さんは「自然光はコントロールしにくく、現代アートを除けば作品にもよくないから、美術館では普通使わないが、(自分は)極力使うようにしている」と説明。「自然光は入るけど、影は落ちない空間にする」ことで、コントラストを強調しない優しい光を意識していると説明した。

 豊田市美術館で来館者が歩く動線では、こうした光ばかりでなく、館内の階段やスロープを進むのに伴い、屋外の景色や、空間の大きさなども変化する。

 「ルートの中で、所々、外の景色を見せるようにするのは、他の美術館でもやっている。その美術館の建てられた敷地の意義(場所性)が大事なので、MoMAではマンハッタンの風景を様々な角度から切り取っている」。これは谷口さんの美術館に共通する大きな特徴だ。

豊田市美術館ファサード
美術館の正面。右(南)の企画展示室から左(北)に連なるスレートのアーケードが際立つ。エントランスは控えめなデザイン。

内と外が交わる

 村田館長が「好きな空間」だと挙げたのがレストラン前から池に向かって内外を結ぶガラス張りのラウンジ。

 ここは屋外から続く緑のスレートが床材として建物内に入りこみ、階段を降りた一階部分もやはり黒の床材が外から内へと続いて、縁側のような内と外の境界領域になっている。

 谷口さんは「空間を映像的に作っていて、(外から内、内から外への変化は)スチール写真でなく、動画で見ると分かりやすい」と話した。

 確かに外から内、内から外へ移動したときの連続した感覚と空間の繊細なうつろいは一枚のスチール画像よりムービーの方が感得しやすいだろう。

  同じような場所が高橋節郎館にもある。村田館長が「知る人ぞ知るスポット」というラウンジで、針葉樹が整然と並ぶ屋外の庭を間近に眺められる。

 この空間を谷口さんは「外らしい内、内らしい外で、間にガラスはあるけど、内側と外側の境界を曖昧にしている」と解説。床のスレート材が外から内なる空間につながっているレストラン前のラウンジと同じ発想だと話した。

スレート材が外から内へと入り込んでいる。

豊かなランドスケープ

 庭園のデザインには、著名な米国のランドスケープデザイナー、ピーター・ウォーカーさんが加わっている。

 谷口さん以外にも、磯崎新、レム・コールハースなど有名な建築家とのプロジェクトは多く、国内でも多くの作品がある。

 谷口さんはウォーカーさんのコンセプトを自然の柔らかいパターンと建築の固いパターンの双方を取り入れることだと説明。「彼も作家だから頑固だけど、彼と出会ってから、自分のスタイルとは違う要素が合わさった方がいいものができることを知った。こちらの主張ばかりを言わない方がいいと思ったが、池の中に木を植えたいというアイデアは断った」と言って笑わせた。

 水の環境を作品に取り入れるのも特徴。谷口さんは「池があると、人と建物との距離を保てる。水が間にあることで、その先に行けないけど、その向こうを見通せる。季節や天候、時間の変化を水は映してくれる。水は絶対的な平面で、ランドスケープに水平線を引ける」と話し、池による空間構成、鏡面としての水の作用、水平線に建物の垂直線が交差する精緻な美しさの効果を強調した。

 谷口さんは言う。「メンテナンスが大変だと思いますが、水深が大事で、底の浅い池にしている。どうやって空を映すのかなどと考えた」

日本的とは

 茶室「童子苑」から池に向かって、緑のスレートの敷石が真っ直ぐ伸びるが、中心線からずれている。

 茶室側から見て、池の手前の左右には柳の木が門柱のように立つ。村田館長が空撮による配置の妙を強調すると、谷口さんは「全てのものを非対称にし、意図的に曲線を使っている」と説明。茶室については、「外国に長くいて、純和風建築はよく分からないので、苦労した。父親(建築家の谷口吉郎さん)のアイデアを使った」と話した。

 建築において、日本を表現するとはどういうことなのか。

 谷口さんは「あえて日本的なものを使わず日本を表現する。非対称性の配置や構成、内と外の曖昧な関係、細い柱、光、そして素材なども重要な要因」と話し、「豊田市美術館で言えば、西洋建築の縦方向のデザインでなく、横へ広がるようにしている」と付け加えた。
 

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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