ガレリア フィナルテ(名古屋) 2021年6月8〜26日
豊嶋康子
豊嶋康子さんは1967年埼玉県生まれ。1993年、東京芸術大学大学院美術研究科油画専攻修士課程修了。
人間は、身の回りの事物や環境に対して、パターン化された思考が連続するような毎日を生きている。
豊嶋さんが制作するのは、そうした社会の制度や仕組み、人間の行為に追従している固定的な思考の型を気づかせ、それによってオルタナティブな見方が成り立ちうることを示す作品である。
そこでは、日常的な物や制度、仕組みの本来的な使用法、機能、意味がずらされ、作品を見る前には想像すらしなかった見え方が開示される。
筆者は1990年代から、美術館でのグループ展などでしばしば作品に触れたが、作家と面識をもつ機会はなかった。
豊嶋康子展 交流_2021
今回は、合板を加工し それを壁に見立ててコンセントを設置した作品である。
矩形の板に小さい板をレイヤーのように重ね、コンセントをはめこむんでいる。
板が着色されていることや、ステンレス製のコンセントプレートやカバープレートも矩形であることから、全体が幾何学的な抽象絵画のような美しさを持っている。
板の木目模様もストロークのように見えなくもない。
同時に、いかにも合板そのままのたたたずまいや、これみよがしに上下左右からはみ出している地味な電気ケーブルも印象的である。
電気ケーブルは、小さな輪っかになっていたり、垂直に落下し、壁沿いにL字に曲がっていたりしている。
つまり、ギャラリーの壁に掲げられることで作品として整然としながらも、コンセント付きの板壁として作品らしからぬ雰囲気もあり、また、視覚的な物体として存在しながら、目に見えない電流を想起させる装置としても機能している。
電球や照明器具、ネオン管など、現代美術作品に電気を導入したものは数知れない。
しかし、多くの場合、それは光であるが、ここにあるのは、コンセントと電気ケーブルである。
既存の建物においては、コンセントは設置済みなので、通常、私たちはその場所を自由に変えることも、その裏側や電流の流れを意識することもない。
プラグを差し込むことで電化製品を使用していても、壁の向こうの電流の流れは忘れてしまっている。
豊嶋さんの作品では、壁にしつらえられた合板とコンセント、はみ出たケーブルによって、裏側の空間や電流が否が応でも意識される。
電線(電流)の構造は、分電盤から引き込み線、変圧器、変電所、送電鉄塔から発電所へと遡ることができる。
コンセントが設置された空間は、電流が行き交う広大なシステムの末端の1つである。
ここでは、コンセントの位置を作家がいろいろなパターンとして自由にできていることが重要である。
それは電力会社や建設業界、不動産会社によってコントロールされている電流の仕組みへのささやかな抵抗、主従関係の反転とも見て取れる。
つまり、巨大なシステムによってコントロールされ、日常的に多くの人によって無意識に共有されている電流の構造をずらし、変数として私的に移動させながら、視覚化しているともいえる。
近年の比較的近い作品ともいえる「パネル」シリーズでは、絵のないはずの裏面に複雑な幾何学模様の木の骨組みをつくっている。
表面を隠蔽し、裏面を過剰に見せるこれらの作品は、表裏の反転であると同時に、「表」と「裏」という概念が見ている位置の違いにすぎないことを言っている。
今回の作品では、コンセントの反対側を見せるのではなく、合板の横からはみ出たケーブルを、まるで体の中の血管が外に飛び出たように見せることで、コンセントのある空間の反対側にある電気を巡るシステムを暗示している。
豊嶋さんの作品は、このような習慣的になった感覚的欲望、思考癖、傾向性から逃れるような作品である。
豊嶋さんにとっての制作は、意識の型、システムを捉えながら、複数性の世界を開示することを目指している。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)