Space NAF(名古屋・河合塾美術研究所) 2022年9月5〜18日
2021年11月に亡くなった登山博文さんの個展である。会場は、名古屋市の河合塾千種校北館1階に設けられたArt Space NAF。
1980年に開設された旧「ギャラリーNAF」のリニューアルオープン展でもある。美大、芸大進学の予備校という枠に限定されない活動を展開したNAFは、東野芳明、針生一郎、小杉武久、田中泯、工藤哲巳、谷川晃一など名だたる現代芸術の関係者を招き、企画展や講演会を開催した。
筆者は、作家の久野利博さんが企画を担当した時期を中心に新聞記者として足しげく通い、小林耕平さんの個展などを取材している。
登山さんに話を戻すと、登山さんは1967年、福岡県出身。愛知県立芸術大学大学院美術研究科修了。愛知県を拠点に、絵画を描くことが、その形式性や生成プロセスを探究することであるような作品を制作した。
今回の展覧会は、登山さんが河合塾美術研究所名古屋校で1991年度から2021年度まで、高校1、2年生、受験生を指導し、2016年度から油絵専攻の主任講師を務めたことが縁である。
没後の2022年4-5月には、タカ・イシイギャラリー(東京)で 「登山博文『1, 2』」が開かれた。
また、2022年5-6月、名古屋造形大のギャラリーで、登山さんがあいちトリエンナーレ2010に出品した大作が再展示された。
今回のNAFでの展示では、2008〜2010年に制作されたドローイングと、対応関係にあるタブロー作品を展示している。登山さんの制作過程における絵画とドローイングの関係が見てとれる興味深い展示である。
1つの注目点は、2010年のあいちトリエンナーレに展示された縦横が3〜5.5メートルある巨大な絵画の元になったドローイング(写真上)が展示されていることだ。
2022年5月に名古屋造形大に再展示されたトリエンナーレ出品作は下の写真と、レビュー記事を参照してほしい。
見比べて見ると分かるが、登山さんの絵画は、忠実にドローイングを再現している。ドローイングの色彩や軽やかなストローク、絵具の濃淡、かすれはもちろん、ドローイングが描かれた支持体の紙の部分までもが、巨大な絵画へと拡大されて描いてある。
たぶん、登山さんは、こうした方法をとることで、絵画の生成過程をその要素に還元しながら全感覚的に分析していたのではないか。
巨大な絵画の元になったドローイングが思いのほか小さいことにも驚く。
小さな紙片のドローイングの小さな筆の動きや、速度感、筆触、色彩のレイヤーの重なりなどが、そっくり巨大サイズの絵画に立ち現れているのである。
それは神秘的なほど、正確である。当然、支持体の違い、筆や刷毛などの画材や、メディウム、絵具の扱い、描き方の方法論、身体の動きや集中力の持ち方、感覚などのすべてにおいて、全く異なる方法、コントロールを要するだろう。
例えば、元の紙片に筆を瞬間的に下ろしたときの小さな筆触と絵具の痕跡を、どうやって大きな絵画空間の中で、生き生きとした色面へとスケールアップしていくのか。
平滑な紙に薄く塗られたドローイングのストロークや、かすれを、大きな絵画のしなやかなレイヤー、ダイナミズムへと、どうリアルに引き伸ばすのか。
ドローイングで使う平滑な紙は、チラシ、フライヤー、リーフレットなど、文字や写真が印刷されたもので、登山さんは、写真や文字部分の配置やデザイン、写真のイメージにも触発されて描いている。
元のリーフレット等の写真や文字のレイアウトも、そのまま絵画としての要素に取り込んでいて、中には、印刷されたビルの写真を拡大して絵画として描いた作品もある。
小さなドローイングから大きな絵画へとイメージをうつしかえるプロセスが、絵画を成り立たせる要素を分析し、総合化していく登山さんの問題意識と一致するように展開していることが分かる。
そのスリリングな制作過程は、繊細、緻密でありながら、同時にダイナミックであり、絵画誕生の現場にいるような愉悦を与える。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)