愛知県立芸大サテライトギャラリーSA・KURA(名古屋)
2021年7月16〜8月1日
トーマス・ノイマン
トーマス・ノイマンさんは1975年、ドイツのポーランドに近い地方都市コトブス生まれ。ドイツを拠点に活動する。
1997年から、デュッセルドルフ美術アカデミーに在籍し、現代の写真シーンを代表するトーマス・ルフ教授からマイスターシューラーを取得した。
トーマス・ルフは、1990年代以降の写真表現を牽引してきたアーティスト。タイポロジー(類型学)で知られるデュッセルドルフ芸術アカデミーのベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻のクラスに学んだ、世界的に活躍するベッヒャー派の1人である。
ノイマンさんも、ベッヒャークラスで学んだ後に、トーマス・ルフ教授に師事。日本では、大阪のギャラリーノマルで個展を開催している。
筆者は見逃しているが、2010年、「あいちアートの森 – 堀川プロジェクト」(名古屋・ 東陽倉庫テナントビル)にも出品している。
筆者は、ノイマンさんの作品を初めて見たが、自分の生、感覚を絡めながらも、現代社会にあまねく広がっている写真メディアについて思考し、私たちの視覚や認識に組みこまれたあり方を探究する姿勢は、トーマス・ルフと共通しているように感じた。
例えば、トーマス・ルフは、自分が撮影したイメージに限らず、天体や報道、ポルノに至るまで、NASAやインターネットのデジタル画像から取り込んだ既存のイメージ素材を素材にしているが、ノイマンさんも、新聞の報道写真や、伊勢型紙の模様のパターンを使っている。
また、ノイマンさんは日本文化への関心が強く、伊勢型紙以外にも、富士山や日本の森、伝統文化、歴史などをモチーフにした作品がある。
景色・記憶
今回は「景色・記憶」をテーマに、2002年から制作されたさまざまな切り口の作品が展示され、見応えがある。
社会にさまざまな形で浸透した写真メディアの情報が、選択と操作、インターフェイスの切り替えによって変換されていく—そんな作品である。
Landscape カザフスタン(2002年)
Sea(2002年)
海面の水が黒く震えるように存在し、粘稠な別の物資に見える写真。
Rosa Series(2005年)
Cloud(2013年)
撮影した雲のイメージを用いたシルクスクリーンのシリーズ。強調された陰影と大胆なトリミングによって、雲の形態とダイナミズムが際立ち、雲を超えた新たなイメージが作られている。
水や氷の粒が集まった雲が光と影の効果によって、別の存在感を見せている。
Mori(2012-2015年)
樹々の生い茂る日本の森を鳥瞰するように上から撮影した《Mori》のシリーズは、繊細なモノトーンの濃淡によって水墨画のような印象を与える。
構図に地平線や稜線を含まず、中心や周縁の区別がない。視覚が宙吊りにされたような状態で、黒と白の差異を強調しつつも、ぼかしのような精妙な濃淡もあって、樹々の立体感がモノクロの濃淡が溶け合うような平面性に沈み込んでいる。
ストレート写真に見えるが、ノイマンさんが芸術の歴史や写真の理論から洞察している。森の深いところが白いので、ネガのイメージをポジとして扱っているようでもある。
しっとりとした水墨画のような幽玄さは、かつてのピクトリアリズムをも想起させる。
Ishi(2014年)
盆栽にも通じ、自然石を台座などに載せて鑑賞する日本文化「水石」の石の表面をアップで撮影したシリーズである。
日本の趣味人が山景や海上の岩に見立て、形や模様、色彩を愛でた石の表面が、ノイマンさんの感性で捉え直されている。
1つの石に景色や宇宙、森羅万象を見る本来の日本的美意識、侘び寂びに対して、ノイマンさんのイメージは隅々までシャープで、むしろ微視的な美しさがある。
Figura(2017年)
友禅や江戸小紋の着物、注染の手ぬぐいの生地などを染めるときに使う伊勢型紙のイメージを用いたシリーズ。
白い印画紙に抽象絵画のように焼き付けられた型紙のイメージが本来の目的を離れた美しさを見せている。
Matrix 新しい橋/富士山/未来の電車(2018年)
版画工房ノマルエディションとのコラボレーションとなるシルクスクリーン版画作品である。
ノイマンさんは、日本の新聞写真のイメージを使用したインスタレーションを大阪で発表したことがある。この作品も日本の報道写真がモチーフだと思われる。
それぞれ異なる新聞写真と伊勢型紙の模様のレイヤーが重ねられている。
あるルールのもとで流通しているイメージを、ノイマンさんが選び、操作することで、過去の時間や本来の用途を離れ、インターフェイスが転換。写真や模様の情報が全く異なる意味へと変容する。
Fujisan(2021年)
さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)