AIN SOPH DISPATCH(名古屋) 2024年月1日6〜27日
川田英二 伊藤正人
川田英二さんは1972年、高知県生まれ。1995年、名古屋芸術大学美術学部絵画科版画コース卒業。1997年、同大学院美術研究科造形専攻修了。高知市在住。
植物、石など自然物をモチーフにした銅版画や、銅板の代わりに耐水紙ヤスリを使った作品を制作している。
銅板や、耐水紙ヤスリの上に、植物や石を直に置き、その物質の形象を直接写しとることで、自然をそのまま作品にするのが特徴である。作品には、匂い立つような植物の生気、あるいは、稜線のような石の輪郭線が刻印される。詳しくは2021年の個展レビューを参照。
一方、伊藤正人さんは1983年、愛知県生まれ。2006-2008年は名古屋のオルタナティブ・スペース「galleryアートフェチ」の運営に参加した。愛知県長久手市在住。
小説を書くとともに、書く行為の道具となる万年筆のロイヤルブルーインクによる文字、言葉、あるいは色彩を使って美術作品にしている。
文字と形象、意味と視覚性、時間性と空間性、物語、色彩などが純度を高めながら、新たな関係性を結んでいく作品である。2022年の個展レビューはこちら。
今回は、2023年、高知県の香美市立美術館で開催された「アーティストブック展-本の可能性を探る-」に、2人のコラボレーション作品が出品されたのをきっかけに実現した初の2人展である。
Theoria×Königsblau 2024年
展覧会のタイトルは、川田さんが使ってきたタイトルの《Theoria》と、伊藤さんの一貫したテーマである《Königsblau》を掛け合わせた「Theoria×Königsblau」になっている。テオリアは、「見ること」「真理を知ろうとすること」を意味し、Königsblauは、ロイヤルブルーのドイツ語である。
ギャラリーの入り口近くに、香美市立美術館の出品作品が展示されている。川田さんの版画作品6点を高さを変えながら、モチーフの石の輪郭線がつながるように連ねて並べ、伊藤さんが「風景の奥行きを摘んでいく」という言葉を加えている。
それぞれの過去の作品も展示され、見どころは多いが、注目はやはり、川田さんの耐水紙ヤスリの作品に伊藤さんが言葉を加えることで生まれた新たなコラボレーションである。
川田さんの耐水紙ヤスリの作品では、紙ヤスリの上に植物を置いて、アクリル・メディウムをエアブラシで吹き付ける。
植物のあった場所、つまり、アクリル・メディウムがかかっていないところに、インクを擦り込む。これを紙にプレスすれば、版画作品となるが、近年、川田さんは、版そのものをドローイングのような作品として展示している。
今回は、この植物に、伊藤さんにとっての重要なモチーフであるツユクサを使い、壁に小品を散りばめた。縦横比が異なる小さな作品がランダムに広がる。色は、伊藤さんが普段使っているロイヤルブルー(深い青色)である。
青いツユクサのシルエットが響き合い、美しい展示である。それぞれに、伊藤さんによる「零れ」「汲み」「ながれる」「湧き」「雪ぐ」「浮標」などの文字が添えられている。
文字は浮遊し、ツユクサをめぐるように空間を漂うようである。ツユクサがツユクサを離れ、文字が文字を離れ、言葉の意味が意味を離れ、それでも、それぞれの由来を大切にしながら出会い、それぞれは小さいけれども、儚い夢のような空間をつくっている。
川田さんの高知市内のアトリエの脇を流れる小川の水をガラス瓶に入れ、ロイヤルブルーインクを少しずつ水に垂らしていく作品も展示されている。
川田さん、伊藤さんも、強く自分を主張する作家ではない。それぞれが想い、はぐくんできた世界に対する優しい感性が邂逅し、それぞれの秘密のスペースに相手を招き入れたような温かい展示である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)