寺内曜子 パンゲア / コレクション展:ひとつの複数の世界
愛知・豊田市美術館で2021年7月10日〜9月20日にある「生誕150年記念モンドリアン展 純粋な絵画をもとめて」に合わせ、「世界をどのように見るか」という視点から、2つのテーマ展示が催されている。
1つは、彫刻家、寺内曜子さんによるインスタレーション「寺内曜子 パンゲア」。 もう1つは、コレクションによる展示「ひとつの複数の世界」である。
寺内曜子 パンゲア
寺内曜子さんは1954年、東京都生まれ。1970年代末に英国にわたり、セント・マーチンズ美術学校でアンソニー・カロに学んだ。
だが、寺内さんは、むしろ、カロに追従することなく、作家の感覚、判断によって、鉄を加工し形態を決定する彫刻観から離れるようになる。
主体が自己表現として制作する「モノ」を提示する従来の「彫刻」に疑念を抱き、一貫して「コト」の現れとしての「彫刻」に取り組むことになるのである。
つまり、主体によって作るというよりは、出来事、現象を形にするという方向である。
「私たちが見ているのは世界のほんの一部」。寺内さんは、私たちが知り得る世界が限られたものに過ぎないという認識から、今回、豊田市美術館の展示室2に空間自体を取り込んだインスタレーションを展開させた。
正方形の展示室に置かれた台座には、正方形の白い紙を丸めた球体が1つ置かれている。
球体のところどころには赤い糸くずのような線が入っている。これは、丸める前に紙の正方形の小口(切断面)に塗った赤色の一部が球体の表面に現れた線である。
一方、この作品を囲む展示室の壁にも水平に赤い線が引かれている。水平線は、球体とほぼ同じ高さである。
線は、展示室から外に出て、さらに壁をはうように、日除け用ロールスクリーンの向こうの屋外まで延びている感じである。
つまり、この展示室には、赤い線による正方形が2つあった。1つは、紙の切断面として、もう1つは、この空間をぐるりと囲む線として。
そして、1つは折れ曲がって収縮し、1つはこの空間の外へと拡張する。
正方形の紙をクシャっと丸めて、赤い線を収縮させても、逆に、壁に引いた赤い線を拡張しても、全てを見ることはできず、私たちが見ているのは、一部に過ぎない。
例えていうと、世界を覆う分断や対立も、私たちが自分の認識する世界や、所属する世界のみが全てだと考えることから起こるともいえる。
タイトルの「パンゲア」は、1つの大陸が分離移動して現在の四大陸になったとする大陸移動説において、分裂前にあったとされる仮想の大陸であり、決して把握することができない全体性のアナロジーである。
私たちは、自分が正しい、全体を見ていると思うが、それぞれが見ている世界はみんな異なる。それぞれが異なる自分のいる場所から、わずかな一部を見ているに過ぎない。これは仏教的な捉え方でもある。
なぜ分断や二項対立的な思考に陥るのか。それは、限られた自分のアタマで考えた一部のことを全体だと思い違いをし、判断するからである。だから、仏教では、アタマの中で判断することは、妄想であると説く。
寺内さんの微視的に収縮する赤い線と、巨視的に広がる赤い線は、自分が世界を見ていることとは、どういうことなのかを考えさせる。
豊田市美術館の展示室を作品に取り込んだ空間を体験することを通じて、閉じた私たちの世界の見方が刷新されるのではないだろうか。
寺内曜子プロフィール
1954年 東京生まれ
1977年 女子美術大学芸術学部造形学専攻卒業
1978年 同大学研究科修了
1979-81年 セント・マーチンズ美術学校彫刻科アドヴァンスコースに学ぶ
1983-84年 ヘンリ・ムーア財団フェローとしてロンドンのカンバーウェル美術大学でアーティスト・イン・レジデンス
1979-98年 ロンドンにて作家活動
1999年- 東京、愛知にて作家活動
現在 愛知県立芸術大学名誉教授、日本大学大学院芸術学研究科非常勤講師
コレクション展:ひとつの複数の世界
モンドリアンや彼が参加したグループ、デ・ステイルは、抽象に基づく造形制作を通して、空間をどのように刷新するか、世界をどう捉えるかという問題を探究した。
この展示では、まだ見ぬ世界に触れることを試みてきたアーティストたちの作品によって、ひとつに見える世界の中に複数の世界があり、そうした複数性によって、ひとつの世界が成立していることをイメージさせる作品を集めている。
コレクション作品に寺内曜子さんの作品4点を加えた構成。いずれも、複数世界への視座を持ち、空間や世界の新鮮な見え方、私たちの認識の外部を想像させてくれる作品である。
展示室の最初にある寺内さんの《創世記》は、この展示室全体のテーマを象徴的に表す作品である。
白い矩形の紙に開けた小さな穴をふさごうとしたとき、紙を寄せて十字の壁を立てることになり、その間仕切りによって空間が4つに分断されることを表現した作品である。
ここで示されるのは、1つの空間が4つの空間に分けられてしまいかねないのと同時に、逆に、4つの空間が実は1つであるという、見え方や認識の相対性の問題である。
つまり、世界は必ずしも確定したものとして存在しているわけではなく、1つにも4つにもなる。分断しているのは世界ではなく、私たち自身であると。
また、《ひとつづきの面》は、1枚の紙の片面を赤く、反対の面を青く塗り、渦巻き状にして立てることで、表と裏が確定できないことを表した作品である。
緩やかに巻かれている紙の青色と赤色は、入り組んだように反転し、紙の一部が裂かれて屈曲していることで、いっそう、複雑になる。
さらに、紙を裂いた断面の白色が見えることで、赤と青、裏と表という二項対立が解消され、私たちが2次元の面として見ていたものが、実は、厚みをもった3次元の立体であるという、まったく異なる見え方に導かれる。
《Blue Square #3》 《Red Square #3》 は、いずれも正方形の鉛の片面に青、または赤の顔料が塗られ、切る、ねじる、あるいは巻くなど、自在に変形させることで、表も裏もない空間を生んでいる。
シンプルでありながら複雑で、複雑でありながらシンプルな作品である。
会場には、こうした寺内さんの作品と共振する作品が集められた。
幾何学的な要素や、一定の物質的なルールにしたがいながら、多元的でとらえがたい世界を描いた額田宣彦さんや、杉戸洋さんの絵画、同じ形態なのにそれぞれの空間を内在させる岡崎乾二郎さんのレリーフなど、いずれも豊かな空間に気づかせてくれる。
また、徳冨満さんのメビウスの輪になった作品は、そこに美しい色彩が展開するものの、2次元の平面でありながら立体でもあって、裏表がない。
そもそも透過性の素材そのものが色彩と一体化し、さまざまな次元、概念を超えたところに存在している。
このほか、大小の円と絡まるような線からなる田中敦子さんの絵画や、単色で均一に塗られた板の縁にギザギザの加工がある高松次郎さんの《板の単体》も展示。私たちの見方、空間や概念に揺さぶりをかける刺激的な構成になっている。
展覧会概要
会期: 2021年7月10日[土]―9月20日[月・祝]
休館日: 月曜日(8月9日、9月20日は開館)
開館時間: 午前10:00-午後5:30(入場は午後5:00まで)
主催: 豊田市美術館
観覧料: 一般300円、高校・大学生200円、中学生以下無料
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)