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田口美穂 See Saw gallery + hibit(名古屋)で3月12日-4月23日

See Saw gallery + hibit(名古屋) 2022年3月12日〜4月23日

田口美穂

 田口美穂さんは1981年、岐阜県生まれ。2006年、名古屋造形芸術大学洋画コース卒業。

 愛知県瀬戸市のArt Space & Cafe Barrack、名古屋市のSee Saw galleryなどで個展を開いている。この地域のグループ展にも精力的に参加している。

田口美穂

 筆者は、2010-2012年に名古屋・本郷にあったアーティストランスペース・GALLERY GOHONでの活動や、Barrackでの個展で作品を見ている。

2022年 明るくする

 田口さんの絵画は、一見、地に対して平面的で単純な図形が散らばっているように見えたり、粗放な色彩が重なるように配されたりしたシンプルなものである。

 時に、そこに素朴な線や筆触が加わることもあるが、何が描いてあるかが容易に分かる作品ではない。

田口美穂

 明瞭な形が描かれているように見えながら、作品に近づくと、意識的にレイヤーを重ね、筆触や肌理の粗さ、形の不均衡を隠すことなく、そのまま表出していることが分かる。

 色彩をスモーキーな中間色にし、形や色面の輪郭や端部をあえて不鮮明にしているのも特徴である。つまり、全体的な印象で見る以上に細部にこだわり、あえてシャープさを回避している。

 ほとんど全ての作品のタイトルが「眺望」となっている。

 聞くと、現在住んでいる愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンの9階の団地の室内から窓のフレーム越しに外につながる空間がモチーフになっている。

田口美穂

 室内から窓、窓外の眺望へと続く空間、つまり、具体的には、床や壁、カーテンなどや、窓枠、外の景色が描かれている。

 例えば、紫色で無秩序にストロークを走らせ、その上のレイヤーを茶色でベタ塗りしつつ、図形を塗り残すことで、下層を切り抜いたように見せている作品がある。

 こうした作品では、図形が散らばっているように見えても、それは、地の上に載った図というより、奥の空間が隙間から見えているというほうが正確である。

田口美穂

 また、切り抜いた図形の一部に別の色面を載せたり、色面の縁を別の面の上に微妙にはみ出させるなど、境界部分の輪郭、端部をあえて曖昧にしている。 

 あるいは、手前のレイヤーから乱雑なストロークが奥のレイヤーに侵犯しているなど、わざと、レイヤーの前後関係が不明瞭にされている。  

 つまり、形や色彩をシンプルに見せながら、図と思える形象が奥の空間であったり、フラットな色面が滑動するように見えるなど、むしろ、あいまいさを志向している。

田口美穂

 だからだろう、比較的はっきりとした形や線でも、マスキングはせず、明確なエッジや平滑な平面よりも、むしろ、不確実な筆触やマチエールが強調されている。

 緻密化、均質化、幾何学化、平滑化をせず、ある意味、だらしないような筆跡、手技の痕跡を残している。

 絵画的な効果、計らい、画材を巧みに使いこなすことによる表現を求めず、さりげなく絵具を載せているが、同時に無意識に癖で描くことはせず、意識的に、したたかに試行錯誤をしながら絵画空間をつくっている。そんな感じである。

田口美穂

 例えば、奥のレイヤーがマチエールが強いのに対して、それを覆うようにベタ塗りされた手前の層が薄く、下層のマチエールやストロークが浮き出るように表面に現れている。

 あるいは、下のレイヤーが最前面にはみ出たり、下層にある絵具と同じ色を最前面に強い筆触で載せるなどして、レイヤーの関係を複雑にしている。

 つまり、田口さんの作品では、形の輪郭、端部の処理、あるいは筆触、色彩などによって、空間や物の境界と前後関係が、ぼかされている。 

田口美穂

 もっとも、こうしたあいまいなレイヤーの錯綜が活性化して、画面が乱調、撹乱されて動感を伴っているというわけではなく、絵画空間は安定している。

 いわば、空間がカチッと決まるのではなく、調整過程にあるとでもいえばいいだろうか。

 安定していながらも、空間と物の関係がぼかされた感覚が田口さんの絵画の特徴である。それは、地の上に図が載っているという明確な関係でない。

田口美穂

 田口さんの言葉を借りれば、外枠との間に切り込みがあるシールが台紙からはがれて同じレイヤーながら前や後ろ、横にずれるような感覚である。

 田口さんは、その誤差の感覚を「遅延」と呼んでいるが、そうした安定に対するズレの感覚が、彼女にとっての空間のリアリティーなのであろう。

 その意味では、実体としての物と空間を描いているというより、さまざまな物や空間という異質なものが関係しあっている見え方を描いているとでも言えばいいだろうか。

田口美穂

 少なくとも、それは、感覚が瞬時に伝わるカチッと固定した空間、鋭敏、明確、均質な世界ではなく、遅れてやってくるような、変化していくような瑞々しい感覚、じわっとする遅さ、誤差、ズレ、不確定な持続を伴った鈍さの感覚の空間である。

 言い換えると、物や空間がそこにあるというよりは、時間を引き伸ばしたように点と点がつながっていく連続する刹那、相互の関わりの中で見えてくる出来事のような空間である。

田口美穂

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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