ギャラリーA・C・S(名古屋) 2023年2月18日〜3月4日
鈴木知子
鈴木知子さんは1954年、名古屋市生まれ。同市在住。美術への思いを抱きつつも美大へは通えず、さまざまなかたちでスキルを磨きながら、油絵を中心に描いてきた。
子育て、介護などで、制作時間が十分に取れない時期を経て、48歳でシルクスクリーンを学び、版画の世界へ。10年ほど前に紙版画に魅了された。
紙版画は、山口雅英さんから指導を受けた。顔をモチーフに制作し、2019年「アワガミ国際ミニプリント展2019」優秀賞、2020年「第11回高知国際版画トリエンナーレ展」佳作賞、2021年「アワガミ国際ミニプリント展2021」審査員賞を受けた。
春陽会準会員、日本版画協会準会員。A・C・Sでは初めての個展である。
山口さんはベニヤを使ったコラグラフ版画から、紙版画へと移行した。鈴木さんは山口さんの考えに共感するように素朴な方法論から独自の表現を求めてきた。
地に対して、丸みを帯びた大きな突起形、あるいは、山のように盛り上がった形、いもむし形の図が描かれているというのが、おおよそのスタイルである。
そうした形象の繊細な濃淡の中に、線や形、痕跡が漂っている感じ。どこか生体的な感覚を抱かせる、生々しいイメージである。
思えば、山口さんが幾何学性、シャープな構図の中に生命的なものを内在させたのに対し、鈴木さんのイメージは、もっとおおらかである。
2023年 A・C・S
微細な表情は、ニードルで引っ掻くドライポイントや、粒状の研磨剤を使って凹版を作るカーボランダムという技法を使っている。
飄々としつつも、どこか不気味な形象は、やがて人間の顔のようになってきた。ゆるゆるな印象とともに、哀感も漂わせる。
人間関係が希薄になり、リアルな出会い、語り合いが減る一方で、スマホばかり見ている現代人の孤独も作品の主題にあるようだ。
鈴木さんが描く顔は、人間が原生動物のような原初的な生に還元された姿のように思える。そこに、作者の生命的なもののつながりへの希求がにじんでいるのではないか。
作間敏宏さんが深く探求したように、生命は、つながらない限り、生き延びることができない。人間を含め、どんな命も孤立しては生きていけない。
人間を、エゴにとらわれない、命そのものに還元していけば、顔の表情や個性、形、特徴は捨象され、原生動物のようになっていく。
鈴木さんの描く形は、ひとりで存在したり、重なり合ったり、近づいたり、離れた後にもう一度つながったりしている。
人間と人間の本来のつながり、あらゆる生き物との関係への感性が失われ、効率性が最優先される現代。そんな中で、生命現象のような形象が人間のメタファーになっているのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)