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鈴木孝幸 まあるい地球とカクカクの僕 ギャラリーハム ギャラリーハム(名古屋)で2024年3月23日-4月27日に開催

Gallery HAM(名古屋) 2023年3月23日〜4月27日

鈴木孝幸/Takayuki Suzuki

 鈴木孝幸さんは1982年、愛知県蓬莱町(新城市)生まれ。2007年に筑波大学芸術研究科修士課程総合造形分野を修了した。名古屋のGallery HAMの個展で着実な進展を見せている。

 2022年夏、愛知・豊川市桜ヶ丘ミュージアムで開催された企画展「鈴木 と 鈴木 ほる と ほる」についてはこちら

 また、2021年のGallery HAMでの個展2022年のGallery HAMでの個展2023年のGallery HAMでの個展2021年の名古屋市美術館での「現代美術のポジション 2021-2022」の各レビューも参照。

 鈴木さんは、新城市をはじめとする各地の山中、川原、海岸などを実際に歩き、採取物やそのときの感覚、認知情報を基に、地勢、地表、さらには天体レベルの視点で作品を構想し、平面、立体・彫刻、インスタレーション、映像を制作している。

 2023、2022年の個展では、山間部の斜面や、海溝などが「境界」として取り上げられ、それらの地勢や、地球の構造が単なる情報や説明を超え、新たな視線、イメージを喚起するように作品化された。

 また、2023年の個展では、鉄板や鉄棒などで、1つの彫刻の中に2つの重力、すなわち2つの世界を内在させた彫刻が注目された。

 今回も、映像、写真や、鉄、モルタルによる彫刻が数多く出品されている。いずれも、自分自身の身体性、運動、感覚やイマジネーションを重力や天体の運行と絡めて力強く構成、あるいは構築されている。

まあるい地球とカクカクの僕 – place/retouch –

 今回の個展では、これまで以上に地球(天体)への意識が深まったと言えるのではないか。それを印象づける代表的な展示が、ギャラリーの広い壁面に飾られた1対の映像作品である。

 一方は、白っぽく靄がかかったように見え、他方は闇のようであるが、共にうっすらと風景が見える。

 白っぽい方の映像は、新城市にある乳岩川(乳岩峡)を作家自身が歩きながら、カメラを足元に向けて撮影した。

 黒っぽい方は、新城市の山道を車で走りながら、横方向にカメラを向け、森を撮影したものである。共に、それらの映像に、月が浮かぶ空の映像が重ねられている。

 乳岩川の清流と自然石や、闇の中に沈み込んだ森の映像が、作家自身が自分の意思で選んで進む方向を選んで撮影しているのに対し、月の映像は、地球の自転という、自分の意思とは無関係な移動に伴う映像である。

 天体の運行によって、自分自身は動いていなくても動いている。この映像作品では、自分自身の身体的「移動」と、自分自身の移動でない宇宙的「移動」が重ねられる。

 つまり、自分という存在の「移動」が、地球の外から見られている。人間に対して、神の視線、第三者の審級を意識させる作品である。

 映像では、他に、30カ所以上場所を変えて、立った状態の自分の身体を10度ずつ36回に分けて1回転させて、その都度、足元を撮影したスチール写真をつないだ作品もある。カクカクと自分が回転しているのに、地面(地球)が回転しているように見える。

 同時に30カ所以上、場所が次々と変わっていき、回転する映像がシームレスにつながることで、天体的な回転の感覚に偽装的に接続されるのである。

 こうした自分の身体性と地球の動きを結びつけた発想は、今回の作品のそこかしこにある。これらの映像は、作家自身の動きと、天体の動きが重ねられている。

 彫刻では前回、1つの彫刻の中に2つの重力、すなわち2つの世界を内在させた彫刻が展示されたが、今回の新作彫刻は、それをさらに発展させている。

 フラットに置いた鉄板の上に型枠を置いて液状モルタルを流し込む。固まった後に、天地をひっくり返す。同様に、別の鉄板にもモルタルを固める。できた2つの直方体のモルタルは鉄棒でつながっている。

 これによって、1つの彫刻が、2つの重力を内在させることになるが、今回は、2つの直方体が、天体の回転のように100度ほど、捻じられている。

 普段、自分が認知する世界は、地面に対して立っているという閉じた1つの世界だが、この作品では、それらを超越するような、2つの重力と回転が内包されているわけだ。

 1つの石を切断し、2つの鉄板に載せて鉄棒でつないだ作品も、同じ狙いである。

 石は彫刻、鉄板は彫刻における台座と見てもいいだろう。もともとは1つだった石が分離され、反対方向への重力と、回転による捻れの関係が視覚化されていることが分かる。

 1つの重力の方向、垂直性によって台座に下から上へと立ち上がるのが通常の彫刻だとすれば、いわば、ここでは1つの彫刻(石)が分離され、2つの台座、2つの重力、回転を内在させた彫刻として再構築されているのである。

 鉄板、鉄棒による小ぶりな立体と、連続写真によって、より強く天体の運行を意識させた作品もあった。

 何本もの鉄棒が鉄板を貫くように構成し、それに1つ光源から光を当てながら、その光源の周りを惑星の公転のようにぐるりと1周させ、連続撮影している。

 一方の側から撮影した写真では、鉄棒が頭部を同じ視点に向けていて、鉄棒が円形に並んでいるように見えるが、反対側から撮影した写真では、鉄棒の向きがランダムに乱れている。

 視点の位置によって見え方が変わることを通じて、世界を恣意的に見ていることを示した作品である。

 大西洋中央海嶺をモチーフにした作品も展示されている。地図からトレースした海嶺のラインに沿って鉄板を切断してから、改めて溶接してつなげ、高さを変えて壁に斜めに反復展示した作品である。

 これも、視点の位置によって、海嶺のラインの見え方が変わることを意識さている。

 自然豊かな場所に赴き、風景や採取物、視点、身体性、運動や感覚との関わりをきっかけに、地勢や、地表の構造、さらに近年は、宇宙からの眼差しや天体運行という壮大なイマジネーションによって、作品を展開させている。

 「まあるい地球とカクカクの僕」という個展タイトルに見られるように、鈴木さんの作品には、作家自身の身体感覚と認知する自分がベースにある。

 そうした自分という身体を通じて、それを超えた地勢や地球の構造、自転や公転などの宇宙的運行、重力との関係、見る/見えるということの意味が問い直されている。

 自分の身体性と、地勢的、地球的、天体的発想との結びつきが、とてもダイナミックでユーモラス、そして創造的である。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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