ガレリア フィナルテ(名古屋) 2021年2月11〜27日
鈴木雅明さんは1981年、愛知県生まれ。名古屋造形大を経て、2008年、愛知県立芸大大学院美術研究科油画専攻を修了した。愛知県尾張旭市を拠点に制作している。
筆者が長く見てきた画家である。
かつては、都市の夜景を撮影した、ピントの甘いブレ、ボケ写真を基に、光と影、物と物が溶け合うような光景を描き、2005年、シェル美術賞グランプリを受けるなど注目された。
夜景を風景として描くというより、甘いピントによって物や人の境界が曖昧化し、それぞれの存在がつながっているように見える微妙な関係性、物と物との境界、虚実をテーマにしてきた。
その後、変化を求め、混迷。新たな模索が始まった。
今回は、これまでの試行錯誤が再度、まとまりを見せ、新たな展開へと進化した。
アトリエのクローゼットに暗室をつくり、暗闇の中、天井のダクトレールに固定した1つの光源の光量を調整し、自分が描く空間を設定する。
そして、テーブル上に、モチーフを組んでいく。針金を1つ置き、その形や空間での位置に反応するように、1つ、また1つと物体を配置して、絵のモチーフになる場ができる。
それぞれの物体は、東急ハンズやホームセンターで入手した針金、球体、ブロックなど。静物画の体裁をとっているが、後で述べるように、そうではない。
鈴木さんは、都市の夜景の作品でさまざまな賞を受けた後、2010、2011年頃から、次の展開を考える中で、迷いの時期が長く続いた。
夜景や風景での試行錯誤の後、枝や円、矩形を使った構成的画面、板あるいは線のモチーフの構成を通過した後、黒地を背景に、複数の針金が配置される空間を突破口に、2019年頃から現在のスタイルが切り開かれた。
物と物の関係性を、闇と光の空間で探りながら描いていくのは、都市の夜景(いろいろな物が闇と光の中に構成されている)と通じる。
つまり、過去の評価された作品を土台に、実験的に描き、辿り着くことができたのが今回の作品である。
物を構成し、バランスのとれた全体像をモチーフにしたいわけではない。鈴木さんは、むしろ、オブジェを順に配置していくときの物と物との関係性と見え方、プロセスと移行を重視している。
そのとき、そのときの物体の見え方・・・。ときにハレーションのようにぼやけてしまったり、闇の中に沈み込んでしまったり、別の物体を透過して歪んで見えたり、あるいは映り込んだりする——闇と光の中、物体が虚実の境界に漂い、遷移する、そんなさまにひかれるのである。
鈴木さんにとって、描くことは、闇と光の中で、存在の関係を探求し、視覚的、感覚的、身体的に発見したものを確認していく検証作業である。
闇や光によって見えにくくなっている関係性を探るのであって、明るい中で物を描く静物画ではない。見えすぎると、鈴木さんは、描くモチベーションが上がらないのだ。
つまり、都市の夜景の作品と同様、虚実を探しながら描くのである。鈴木さんは、描く技巧のある人だが、リアルを求めて描いているわけではないのだ。
モチーフが花、野菜、果物、陶磁器、楽器、本など、いわゆる静物画の対象となるものではなく、構成的な素材であることに、いまいちど注意してほしい。
それらは、無機質な幾何学形態である。以前、木の枝をモチーフに加えたが、やめたという。物語性が入るのを排除したいからである。
物語性を回避し、物と物との関係、光と影を描くのは、夜景のときと実は同じである。
ただ、夜景にせよ、「机上の光」にせよ、叙情らしきものが立ち現れてくる気配はある。今回の場合、動きのある針金が擬人化されたように見える。
だが、物語に傾く手前、そのきわで描くことで、踏みとどまっている感じはある。
関係性を描くという意味では、鈴木さんが制作の流れが分かるように展示しているのも見逃せない。
8点が上下に2点ずつ4列に並んだ最小サイズの作品のうち、左上の作品が起点となる。
鈴木さんが針金をテーブルに1つ置き、そこから、順に別の色の針金をいくつか配置して、1枚目の絵のモチーフとなる空間ができる。
描き終わると、また物を加えていき、2枚目を描く。さらに、物を加えるなどして、3枚目・・・。
8点を描き終わると、今度は、サイズの小さい作品から、大きな作品を描いていく。それにつれ、針金以外のオブジェの種類も増えていく。
つまり、今回の個展の作品は、1点ずつ独立しながらも、つながっている。
シークエンスはあるけれど、物語や叙情はなく、むしろ、物体の存在する関係性が美しいのである。
しかも、鈴木さんは、物体を1個ずつ置いていくという行為において、物語をつくるようにではなく、あくまで、闇と光の中で、関係性を楽しむように置いていく。
最初は、針金の形、太さ、それらの配置、あるいは、光の角度や光量などが調整される。
次第に、球体、ブロックなども加わる。
同じ球体でも、ガラス、金属、プラスチック、石膏、発泡スチロール、ゴムなど、素材が変わることで、物体の関係性が変化する。
光と影は、透過や反射、歪みなど、物と物の関係にさらに変化を与え、物体、光と影の複雑で美しい関係性を生む。
鈴木さんが自分で空間をつくり、闇と光の中で虚実を描く、物と物との複雑な関係性を発見し、描くことで検証することは、とりもなおさず、この複雑な世界に作家自身が関わり、自らを更新する、つまり、生きることそのものと重なっている。
複雑で、真実と虚構が溶け合い、原因と結果が錯綜し、決して一筋縄ではいかない世界にどう向き合うか。
鈴木さんは、物を配置し、時間をかけて眺め、描くという過程を楽しみながら、世界を腑分けしている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)