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杉尾信子 ギャラリーA・C・S(名古屋)で2024年7月6-20日に開催

ギャラリーA・C・S(名古屋) 2024年7月6〜20日

杉尾信子

 杉尾信子さんは1977年、大阪府生まれ。看護師であると共に、20代半ばで京都造形芸術大(現・京都芸術大)の通信教育部を卒業し、制作活動を続けている。

 制作拠点は滋賀県彦根市。絵画、ドローイング、モノタイプを中心に制作する。A・C・Sでの2020年、2022年の個展についてはこちら

 看護の仕事、子育てなど、生きることと密着した、しなやかな作品は、生活の中での感覚、とりわけ音感とともに手を動かしたいのちの軌跡のようなものである。

 杉尾さんは、とても繊細で自然な線を引く作家である。画面上をさまざまな手法でたどる線は、細く、柔らかで、迷いながら続く命のようにたどたどしい。

 所々、その線が大きな息継ぎのように停止し、また歩き出す。行きつ戻りつ、ジグザグ道を進んで、休み、次の一歩を踏み出す。あたかも生きていること、そのもののようだ。さまざまなひと息、呼吸の連なりを含んでいる。

 心象風景にならないほどの初源的ないのちのカケラ、生きることのパルスのような作品と言えばいいだろうか。

杉尾信子展 -Drawing & Monotype - 2024年

 今回は、ドローイングや、ドローイングとモノタイプを併用した作品が多く出品されている。優しく彩色をしたものもあるが、全体には、黒い線だけで表現した作品が多い。

 中でも、印象的なのは、文字のような黒く細い線の断片が即興的な手の動きとして連なり、上から、その文字を隠すような黒の絵具の澱みが覆う新しい連作である。

 伝えたい言葉を思いながら、言い淀む。聞いた言葉に惹かれ、その深遠さに体が震える⋯⋯。

 言葉を発する、言葉を聞くという営みの豊かさと苦しみ。言葉と沈黙のあわいの瞬間にたじろぎなら、言葉に対する微かな自分の魂のうつろいを感じて、引いた線なのだろう。

 タイトルに、「ことば 表・裏」「いろは歌」「蓄積する言葉とモチーフ」などとあることから、歌詞などの言葉をめぐる想いと感覚が関わっている作品なのだと思った。

 杉尾さんは「完成ばかりを追い求めず、自分が試してみたいなと思ったことに挑戦しながら⋯」とコメントしている。

 制作において、どこで筆を置くかということは、よく言われることだが、なかんずく、今回の作品は、完成された定義よりも制作のときの呼吸のリアリティーが感じられる作品である。 

 杉尾さんの一瞬、一瞬のこころの襞を、生きていることのリズムのように感じる思いである。同時に、それを覆う黒いしみのような絵具を見ると、人間の内面の奥深さを思わずにはいられない。

 一瞬の心の動き、いのちの働き。その一念の不可思議さを体のリズムのように描いた作品なのだろう。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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