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ジャンフランコ・ザッペティーニ個展

STANDING PINE(名古屋) 2019年6月15日〜7月6日

 イタリア人画家、ジャンフランコ・ザッペティーニさんの個展会場は、おおよそ白や青、赤の単色絵画が整然と並び、静謐な空気で満たされていた。1939年、ジェノヴァ生まれ。現在もキアーヴァリで制作を続け、80歳になろうかという年齢である。イタリアの戦後美術の動向の一つ、「pittura analitica」のアーティストの一人であり、ドイツ・カッセルでの1977年の「ドクメンタ6」にも出品している。本人が日本での個展を切望していたといい、縁あって日本での初個展となった。

 最も惹かれる作品は、ギャラリースペース奥に4点が並べられた白一色の絵画のシリーズである。いずれも1970年代の「アクリル面」と題されるシリーズで、キャンバス全体に黒い下地を塗ってから、白のアクリル絵の具を何層にも重ねている。白だけのミニマルな絵画だが、そこにアーチや枠のような形、矩形、柱やスリットに見える垂直線、それと交差する水平線などが描かれ、地や形象には艶のある白やざらついた質感の白、マットな白、透明度が変化するグラデーションなどがあり、同じ白といってもニュアンスの違いが見て取れる繊細な抽象絵画となっている。白色は、光を反射するせいか、表面の微妙な差異が際立ち、白色の中に平面構造を浮かび上がらせている。

ジャンフランコ・ザッペティーニさんの絵画

 白い絵画といえば、ロバート・ラウシェンバーグの「ホワイト・ペインティング」、東洋哲学の影響を受けたというアグネス・マーティン、ザッペティーニさんより9歳年長のロバート・ライマンの白の絵画、同じイタリア美術では年長であるピエロ・マンゾーニの「アクローム」などを思い出させたりもするが、日本のもの派や韓国の単色画様式との相似性が語られることもあるという。いずれにせよ、心の静けさへと導いてくれる白色のシンプルな抽象画はなんとも美しい。

 もっとも、白を幾重にも塗り重ねたその下層の秘奥には黒い地があり、白のレイヤーを足し算のように加えながら黒を消すという引き算の思考があることを忘れてはならない。絵画の主題から離れ、こうしたシンプルな行為を反復するという制作は、日本の70年代のミニマルな絵画でも見られた方法である。ザッペティーニさんの作品は、寡黙な白と表情を転調させた線や矩形が静寂のうちに神秘的な雰囲気、見るものを瞑想へと沈潜させるような感覚とともに、絵画そのものへと導いてくれる。禁欲的、規律的な行為によって塗り重ねられた絵の具の層の下には見えない黒色があり、そこには「見えないもの」について思索を巡らした20世紀イタリア美術の伏流水が確かに染み渡っている。

ジャンフランコ・ザッペティーニさんの作品

 こうした作品には、戦後イタリア美術の最重要ムーブメントで、素材主義を取ったアルテ・ポーヴェラの後続世代として、絵画の復権と制作過程を重視する姿勢が見て取れるが、その後の70年代末には、トランスアヴァングァルディアといわれた新しい表現主義的な絵画の台頭が迫っていたから、世代的にはザッペティーニさんはその間だと思われる。一見、ミニマルな表現の下層にある規律的な構造には、1962年から2年間、親交を結んだドイツ人建築家、コンラット・ワックスマンの影響があるとも言われる。1971年のドイツ・ミュンスターでのグループ展では、ルチオ・フォンタナやファウスト・メロッティらとともに作品が展示され、この時のキュレーター、クラウス・ホネスや、ドイツ人アーティストのウィンフレッド・ゴールと分析絵画の基礎理論を作り上げたという。絵画の再定義が具象性でなく、構造的な制作規律、概念的な方向に向かったというべきか。

 1970年代後半、ザッペティーニさんは絵画を超えて自身の存在への関心を深め、欧州、中東、アフリカ、アジアを巡る旅に出た。以前から興味のあった禅、道教、老子の思想、イスラム神秘主義のスーフィズムなどを経た作品は、概念性を強めていく。

 今回、70年代の初期作品以外では、2008〜15年ごろの作品が展示されている。白や青、赤で彩色されたそれらは、素材感の強い支持体表面に垂直方向や水平方向、あるいはグリッドを形作る線状の凸部を引き、その歪みによって表面にさらに細かい縦皺、横皺を現出させている。垂直方向や水平方向に線列が並びつつ、所々にそれらを横切るイレギュラーな斜め線が入ることがあり、縁の方には色調を変えた絵の具を無造作に塗ってある部分もある。


 規則的、反復的な制作過程を通じた平行線やグリッドなど幾何学な構造を生かしつつ、温かみのある抽象性へと向かい、そこに精神性を孕んだ世界を見せようとしているのではないか。円を描いた近作は禅画の円相をも彷彿させたりして、なかなかユニークである。見えないものを探求し、引き算をしていった70年代の作品が心を安寧と思索へ導く静寂があるのに比べると、2008年以降の作品は、バリエーションに富んでいる半面、やや饒舌さと強さが加わったことで工芸的な印象を与えている気はする。それでも、構造と制作過程を重視しつつ、視覚性を超えた、見えないものとの対話を見る者に促す姿勢は作品から余りあるほどに伝わってくる。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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