塩原有佳 See Saw gallery+hibit
See Saw gallery+hibit(名古屋) 2021年1月16日〜2月27日
塩原有佳さんは1985年、茨城県生まれ。2008年に名古屋造形大学を卒業。オランダのアカデミー・ミネルヴァに短期交換留学もしている。現在は千葉県を拠点に制作する。
《BLACK ON BLACK》と題された今回のシリーズでは、タイトル通り、黒い地の上に黒い形象が描かれている。
地は、走査線のようなストロークが左右に引かれているものがあるかと思えば、ベタ塗りに近いものもある。
筆触は、細くたどたどしいもの、軽やかなものから、太く力のこもったものまで、さまざまである。
同時に、塩原さんの絵画を特徴づけるのは、絵具をそのままチューブから出したような色彩である。
このカラフルな色彩は、黒の形象との関係性が判然としないまま、水平に伸びるライン、星形、マーブルチョコのような大きめのドットなどとして画面に展開する。
黒い地、図と比べると、絵具が盛り上がっている。
つまり、黒い地と黒い図、色彩のドットや星形、ラインなどが、塩原さんの絵の特徴である。
黒の図は、身の回りの事物がモチーフとなっているようだが、対象をラフに捉えているうえに、形をデフォルメしているため、何が描かれたのか分かりにくい。
加えて、 地も図も黒で描かれているため、 明度が異なるといっても、もともと形象はつかみにくい。 多くの場合、判別するのはほぼ不可能である。
ある作品では、明るい黒地に暗い黒線で形象が描かれているし、別の作品では、逆に暗い黒地に明るい黒線で形象が描かれている。
時には、地の筆触と図の筆触とが同化し、地と図が一体化することで、ますます形象を読み取りにくくしている。
むしろ、視覚的に際立つのは、黒の地、図の上に加えられる色彩である。
リズミカルなドット、素早く描いたような星形、震えながら平行に並んで伸びる水平線などである。これらは、黒を背景にとても印象的である。
これらの色彩は、1つの絵画の中で、何が描いてあるかという内容に比べると、形式的なものである。作品の要素としては、装飾といっていいものである。
つまり、塩原さんの作品では、何が描かれているかという内容、形象は後退し、内容と関係のない形式、装飾が前景となって、撹乱する。
黒地と、そこに沈むように描かれたイメージのレイヤーが後退し、色彩豊かなドットの流れ、水平線、星形が図となって強い印象を放つのである。
塩原さんは、こうした作品を見ることを、純粋な視覚体験として提示している。
黒の地と黒の図の関係から推測するに、おそらく、塩原さんは、自分の目の前に見える世界をそのままに受け取っていない。
自分は外界の何を見ているのか、本当に見えているのかという不確かな感覚があり、言い換えると、見えていないものがあるということに気づいている。
そこに確かな実体があるという概念、思い込みを離れ、《私》の内面の反映である世界のイメージ、うつろいとして、眺めているという感覚に近いのかもしれない。
だから、塩原さんは、目の前のものを見えたとおりにそのまま描こうとはしていない。
むしろ、描いているのは、ある条件の中でうつろいの中から、瞬間、立ち現れるイメージであり、認識や概念、記憶に通じる個性は、あえて捨象されている。
実際のところ、黒い線で描かれている形象はデフォルメされ、時として地なのか図なのかも定かではない。
一方、装飾的な色彩は、そうしたイメージと関わるというより、もう1つの図として前景化し、黒い形象に干渉する。
絵画の主題である外界のイメージは曖昧としてうつろい、そこに装飾という要素が加えられる。
それらは結びあわず、認知、概念、記憶につながる糸口を与えてくれない。
少し前の作品では、物質性の強いドットやライン、星形でなく、キャンバスのへりに、異化作用を促す色彩を置いている。
塩原さんは、うつろいゆく不確かな世界をモチーフに、イメージと装飾を独自のやり方で構成している。
認知、概念、記憶からイメージを見るのでなく、人間にとって、今、この瞬間を生きることが大切であるのと同様、見えない世界の流れを感じるように、この絵を純粋に体験する、感じることを希求している。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)