ギャラリーA・C・S(名古屋) 2024年12月7〜21日
島田節子
島田節子さんは1947年、宮崎県生まれ。1970年、武蔵野美術大学短期大学部油絵科卒業、1971年、同油絵専攻科修了。東京都東久留米市を拠点に制作している。
ギャラリーA・C・Sでは、1998年からほぼ1年おきに個展を開いてきたが、今回の個展は2018年以来6年ぶりとなる。もともとリトグラフ作家で、日本版画協会、春陽会や、個展で作品を発表してきた。
もっとも、島田さんはリトグラフと、ドローイングとを峻別することはなく、むしろ同等に捉えているようだ。版画制作をするときもスケッチをするが、それはウォーミングアップのようにイメージの現れと注意深く触れ合う時間なのである。
今回は、ドローイングの展示である。1947年生まれといえば、70代後半だが、線も色彩もとても繊細で若々しい。
2024年 個展
画家の谷川晃一さんから聞いた「紙と鉛筆があれば絵は描ける」という言葉が常に念頭にあったといい、リトグラフではダーマトグラフ、リトクレヨン、解墨で描き、今回のドローイングでは、紙、キャンバスを支持体にアクリル、鉛筆などを使っている。
意識の奥底から想起され、心的な平面に一瞬現れる形象のかけらを引き寄せて、そこから、はるかに遠方、深くの記憶の淵に沈潜しているイメージをすくいあげるような、儚く、繊細な作業を反復させる。
幾何学形や、ストライプ、ドット、波形、不定形、多様な線、グリッド⋯。島田さんの作品では、自在な線や形象でイメージがつくられる。
公園のような風景、花やヒトデ、階段など、具体的なものを連想させるものもなくはないが、ほとんどは断片的で指示対象を鑑賞者が認知させないものである。
一部は文字が入っている。そして、色彩が塗られている箇所は一部のみで、大半は繊細な線でつくられている。グレーの地に白い線を中心に、いくらか色を交えて線を引いた作品は、背景色によって、黒板にチョークで絵を描いたようにも見える。
つまり、自由で軽やかである。心が浮き立つような感覚がある。ここにはナラティブな要素がない。現れては消える線や形象が空間で出会っているだけなのだ。
その出会ったことだけで、絵画空間ができていることが素晴らしい。現れたそれぞれの形象が主張しすぎず、同化も同調もせずに、さりとて、互いに無関心でもなく、お互いに尊重し合いながら、ほどよい関係性を保っているイメージなのだ。
多分、島田さんは、感覚で最低限のバランスをとりつつも、決して、まとめようとはしない。基本的に繊細な線が中心なので、余白が広い。とても気持ちがいい。調和ではなく、ここにあるのはポリフォニックな、空間でささやきあう関係である。
全体が何かの景を表現するわけでも、構成されたわけでもない。悪戯がきのような全ての断片が、記憶の痕跡のように、無為にしばらくとどまっている感じだ。
アクルリの線がしっとりと引かれ、画面がつくられている作品もあるが、いずれにしても物語性、抒情やノスタルジーを招き寄せるには、初源的で、何にとっても手前でしかないような、淡い気配である。
すべてのものが不確かで、弱々しく、源泉から湧き出たようなピュアさとともにある。その感受性に触れるとき、私たちの感受性も開かれるのである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)