「建築と時間と妹島和世」
写真家のホンマタカシさんが監督・撮影をし、建築家の妹島和世さんにフォーカスした映画「建築と時間と妹島和世」が、2020年11月7日、名古屋・今池の名古屋シネマテークで公開される。11月20日まで。
ホンマタカシさんが、通常のドキュメンタリーでは考えられない方法で、写真を撮るように、妹島さんの軽やかな建築とプロセスの時間、妹島さんの思考、声を捉えた作品である。
11月7〜13日は午前10時から、14〜20日は午後6時50分から。
製作:大阪芸術大学
2020年/日本/カラー/16:9/60分/英語字幕付き
映画のモチーフは、アートとサイエンス、テクノロジーをつなぎ、新時代のクリエイターを育てようと、大阪芸術大学が2017年4月に開設したアートサイエンス学科の校舎。
妹島さんの設計によって、2018年11月に完成したその新校舎の構想から完成まで、3年6カ月という時間を追ったドキュメンタリーである。
妹島和世
妹島和世さんは、金沢21世紀美術館、ルーブル美術館ランス別館などの設計で知られ、建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞している。
モダニズム のガラス張りの空間を更新した、軽く柔らかな建築、環境に調和し、光や風、視線が内と外を行き交う開かれた構造が特長。映画は、そんな建築を設計する妹島さんの思考のプロセスに迫っている。
公園のような建物
妹島さんは、「公園のような建物」という思いを込めた。
大切にしたのは、外観が建物の立つ「丘」に調和すること、建物が「開かれている」こと、人々の「交流の場」となること。
高さを抑え、周辺の環境と美しく調和する、流れるような有機的なフォルムを提案。さまざまな方向から出入りでき、さまざまな方向への視界が確保できるよう構想した。
内と外、自然がつながり、建物が、誰もが立ち寄れる丘の上の「公園」となったのである。
3枚の屋根による層構造が波打つ揺らめくような建築、その間から光とランドスケープが自在に行き来する空間である。
ホンマタカシ
ホンマさんは、1990年代に、妹島さんと出会い、以後、妹島さんの建築を撮影。その独特の映像の力が、妹島さんの作品を通して、「もう1つの作品」を作りあげた。
建築/時間/妹島和世さん—による詩のような、音楽のような映像
映画は独特である。建築、時間、思考のうつろいを、距離感とともに撮っていて、安易に結論をまとめない。
説明的なナレーション、物語性はなく、ジャズミュージシャン、ドラマーの石若駿さんの印象的な音楽とともに、妹島さんの言葉と、固定カメラで定点観測するように捉えた建築現場の映像が交互に反復し、フラットに、そして、しなやかに構造化されている。
1990年代以降に「東京郊外」などの明るく透明感のある写真で注目されたホンマさんと、妹島さんのガラス張りの軽やかな建築が柔らかに交差するのである。
映像は、自律したリズムを刻み、妹島さんの声は低く淡々と連なる。ともに心地よく、音楽と同期する。
写真家の視点なのか、縦長の画面、正方形、横位置など、フレーム、 画角が変化し、建築現場を固定カメラで定点観測する映像は、スチール写真の感覚もある 。
やや上からの固定カメラによって、立ち上がる建築が、変貌する時間、光と風、雲の動き、昼と夜、晴天、雨、雪の大気とともに映される。
妹島さんは、模型を好んで建築を構想する。事務所で模型を眺めては思考し、それを確認するように繰り返し現場に足を運ぶ。その反復の中で、抽象性と環境、身体性を交差させながら、プランを練り、変化させる。
繰り返し映される建築途中の現場は 、生き物のように感じられる。妹島さんは、そこを何度も歩き、感じたこと、思ったことを言葉にして発する。作業をしながら、現場を歩きながら語りかける。
そんな妹島さんを、離れた地点から望遠で狙い、工事関係者と話す声のみ近くで拾っている映像は、とても印象的である。
インタビューとして意識せずに発している思考プロセスの中の言葉が、とても生々しく建築と同期しているのだ。
妹島さんが、現場と事務所を行き来しながら、思考を巡らせる。その言葉と、建築が立ち上がる時間から、建物の魅力が伝わってくる。
新校舎のコンセプト
大阪芸大のキャンパスは小高い丘の上に位置する。新校舎は、そのキャンパスの入口にある。学生は、通称「芸坂」を上り、最初にこの校舎を目にする。
丘の上の木々に囲まれていることから、妹島さんは「丘と一体化していること」を重視。校舎は、風に揺れる木の葉のように柔らかな、流れるような曲線で構成される。
開かれていること、交流の場になることも、妹島さんが大切にしたポイント。
内外の自然なつながりが意識され、さまざまな角度から出入りできる。開放的なスペースが多く、他の学科の学生も気軽に立ち寄れる。公園のようにさまざまな人が集まり、自然を感じながらくつろげる空間、自由な発想、新たな出会いを生んで、多様なビジョンを共有できる空間を目指した。
妹島さんは何度も現地に足を運び、建物を「建てる」というより「降ろす」「ランディングさせる」想いで設計したという。表現力、発想力、構想力、コミュニケーション力・・・を備える新しいクリエイターへの願いを込めた。
建物ガイド
新校舎は、地下1階から2階までの3層構造。内と外がゆるやかにつながり、自然とも調和したランドスケープである。
1階は、4つのエリアからなる。
Artscience Salonは、ワークショップや作品制作のためのミーティング、講演会、作品展示、イベントなど、フレキシブルな用途に対応。学生たちと指導教授が集うエリアである。
Lecture Roomは、アートサイエンスの知識、技術レベルを向上させるための講義、デジタル演習をする先端的な仕組みが施された教室である。
Laboratoryでは、教員と作品制作のためのミーティングを行う。先端技術の指導やコンセプト評価なども。
Artscience Officeは、アートサイエンス学科の合同研究室。学生たちの学習、制作活動をはじめ、快適な大学生活をサポートする。
2階は、半屋外の開かれた空間で、展示や実験、ミーティングなど、さまざまな用途に使えるオープンテラスを備える。
地下1階は、2つのエリアからなる。
Artscience Studioは、作品制作のエリア。映像、サウンド、デジタルファブリケーションなど、多種多様な電子機器が設置されている。
Artscience Galleryは、学生や教員、海外姉妹校からの作品展示に使われる。展示会や国際的なイベントも可能な大規模かつ先端的なデジタル空間である。
妹島和世
建築家。
1956年、茨城県生まれ。
1981年、日本女子大学大学院家政学研究科を修了。
1987年、妹島和世建築設計事務所設立。
1995年、西沢立衛とともにSANAAを設立。
2010年、第12回ベネチアビエンナーレ国際建築展の総合ディレクターを務める。
日本建築学会賞※、ベネチアビエンナーレ国際建築展金獅子賞※、プリツカー賞※、芸術文化勲章オフィシエ、紫綬褒章などを受賞。
現在、ミラノ工科大学教授、横浜国立大学大学院建築都市スクール(Y-GSA)教授、日本女子大学客員教授、大阪芸術大学客員教授。※はSANAAとして。
ホンマタカシ
写真家。
1962年、東京生まれ。
1999年、写真集「東京郊外 TOKYO SUBURBIA」(光琳社出版)で第24回木村伊兵衛写真賞受賞。2011年から2012年にかけて、個展「ニュー・ドキュメンタリー」を日本国内三ヵ所の美術館で開催。
著書に「たのしい写真 よい子のための写真教室」、近年の作品集に
『THE NARCISSISTIC CITY』(MACK)、「TRAILS」(MACK)がある。
また、2019年に、「Symphony その森の子供 mushrooms from the forest」
(Case Publishing)、「Looking Through Le Corbusier Windows」
(Walther König, CCA, 窓研究所)を刊行。
現在、東京造形大学大学院 客員教授。
石若駿
音楽家。
1992年、北海道生まれ。
東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校打楽器専攻を経て、同大学を卒業。卒業時にアカンサス音楽賞、同声会賞を受賞。
リーダーとして、Answer to Remember, SMTK, Songbook Trioを率いる傍ら、くるり、 CRCK/LCKS、Kid Fresino、君島大空、Millennium Paradeなどのライブ、作品に参加。自身のライフワークであるアルバムSongbookシリーズの「Songbook5」が2020年10月にリリース予定。