GALLERY IDF(名古屋) 2021年11月27日~12月12日
佐藤香菜
佐藤香菜さんは1982年、愛知県生まれ。2007年、沖縄県立芸術大学美術工芸学部美術学科絵画専攻卒業。動物を主要なモチーフに油絵具で描いている。
GALLERY IDFなどで個展を開催。2013年には、愛知県美術館のAPMoAプロジェクト・アーチに参加した。
2008年、シェル美術賞展で本江邦夫審査員賞を受賞。 2014年の「現代美術の展望 VOCA展2014-新しい平面の作家たち-」での 大原美術館賞受賞をきっかけに、2016年には、大原美術館で「VOCA大原美術館賞の10年」に参加している。
基本的なモチーフは鹿、ヤギ、鶏などの動物、鳥類で、一部に頭骨などもある。昆虫や小動物、魚なども一緒に描かれる。
顔だけを描いている作品は剝製に見えなくもない。背景の描写はなく、単色で、グラデーションもほとんどないので日本の伝統絵画をも彷彿とさせる。
動物などの体が繊細な筆触で丁寧に描かれる一方で、ところどころに荒々しい、ときに抽象的な厚塗りの絵具がべっとりとのって絵肌が強調されている。
あるいは、ごく部分的に刺繡によって質感が強調してあるのも特長。フラットな日本絵画的な装飾性、イリュージョンのレイヤー、絵具や刺繍糸の物質感が共存する不思議な作品である。
愛知県美術館では、2021年1⽉15⽇~4⽉11⽇、2020年度第4期コレクション展の中で、2020年度に収蔵された「透明な境界線1 」(2016年)が展示された。
繊細な絵具の筆触による鹿の群れと、そのイメージをかき消すような激しい赤い絵具の物質感、刺繡による愛らしい草花が混在している。
「春日権現験記絵」の神の火からの着想であるようだが、佐藤さんの作品は、常世、隠世と現世、この世と神域、生と死、此岸と彼岸、すなわち境界の概念が関わっている。
それは、幻影と物質、装飾と絵画、平面と空間、現実と虚構などのアナロジーにもなっている。
2021年 美しいものを探す旅
今回は、2017年の個展から4年ぶりとなる新作展である。
作品は、基本的には変わっていない。鹿やヤギ、ヒツジなどの哺乳類、鳥類の体に、トカゲ、 神様トンボ(ハグロトンボ) などがのっている、あるいは、ぶら下がっているというイメージである。
メインの作品では、正面から見たシカの顔に木の根っこが絡み付き、フクロウ、リス、コウモリ、チョウなどが周りに寄り添っている。
全体に薄塗りによる細やかな筆触だが、根っこの部分は、絵具を盛り上げるようにテクスチャーを強調している。
ほかの作品も、鹿のモチーフが多いが、角がサンゴになって小さい熱帯魚が泳いでいるなど、他の生き物が共生している。繊細で、壊れやすく、はかない美である。
背景は、夜なのか、海なのか、あるいは抽象的な空間なのか分からないニュートラルな雰囲気である。そうした背景には、若冲など江戸絵画の影響もある。
大きいもの、小さきものなど、生きとし生けるものについての区別がない。それらの生命への賛歌があって、同時に死についての意識がある。
死の印象が強いのが、佐藤さんの描く生き物の特徴である。私たち人間を含め、すべての生き物は死に向かって、今を生きている。
佐藤さんの作品は、生と死の境界にある。生き生きとして躍動感、生命感があるというよりは、死の匂いがするのである。剥製を想起させるのは、そうした理由かもしれない。
そして、佐藤さんは、これらの動物、昆虫などに、神的なものを見ている。それは、踏み込んではいけない世界でもある。
シカ、鶏、ハグロトンボなどは神の使いとされる生き物である。牛、ネズミ、ヤギ、牛、熊、ヘビ、カメなど、海外を含め、神の使いとされる生き物がいる。
佐藤さんが、刺繍を使うのは、絵画的な効果の側面もあるが、魂を込める意味あいもある。
キャンバスの裏側にもしっかり針を通して、刺繍を縫い付けている。このことは、とても大きな意味をもつ。
つまり、佐藤さんの絵画は、具象と抽象、イメージと物質、日常と非日常、常世と現世、生と死、陰と陽、エロスとタナトス、聖と俗の境界にあり、支持体の表裏もそのアナロジーになっている。
盛り上がった絵具や刺繍糸の膨らみは、物質的な世界を象徴し、私たちをこの現実世界に引き戻す。
佐藤さんの絵画では、精霊の世界に入り込む感覚と、それに抵抗する力がせめぎあうのである。
向こう側の精神的な世界について、佐藤さんは、楽園、サンクチュアリ、桃源郷という言葉も使っている。
そこには、欲望や人間中心の理想社会とは裏腹の世界、いわば、金や権力、地位、テクノロジーなど現実の力ではない精神的な世界、内なる安寧の異界がある。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)