《ビルケナウ》2014年[CR 937/ 1-4] 油彩、キャンバス ゲルハルト・リヒター財団 ドレスデン・アルベルティヌム美術館での展示風景(2015年)Photo :David Brandt, courtesy Gerhard Richter Archive, Dresden ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
日本では16年ぶりとなる待望の回顧展
現在、最も注目を集めるドイツの画家、ゲルハルト・リヒターの待望の展覧会が2022年10月15日〜2023年1月29日、愛知・豊田市美術館で開催される。9月17日からオンラインでのチケット販売が始まる。
1960年代の〈フォト・ペインティング〉から、初公開となるドローイングまで約140点を展観。日本では16年ぶりとなる回顧展である。東京国立近代美術館(2022年6月7日〜10月2日)と豊田市美術館だけの巡回となる。講演会、映画上映会、ギャラリートークなどのイベントはこちら。
順路などを設けず、ある種、ランダムに展示された東京国立近代美術館とは異なり、豊田市美術館では、作家との相談により、制作年代順の展示となっている。また、豊田では、東京では展示されなかった作品も加えた。
東京国立近代美術館にはない天井高や、谷口吉生さん設計の変化に富んだ空間を生かして作品を配置。展示作業を終えた担当の鈴木俊晴学芸員に、電話でリヒター自身が「パーフェクト」と認めた、美しく完成度の高い展示である。(以下、一連の写真は、豊田市美術館でのリヒター展の順路に基づく会場風景)。
リヒターが90歳を迎える年に開催される本展は、身近な写真を拡大して描く〈フォトペインティング〉、ガラスや鏡を用いた作品、巨大なカラーチャート、抽象絵画など、リヒターが大切に手元に残してきた作品を中心に、60年にわたる画業を紹介する。
《ムード(2022年1月7日(1))》2022年 写真 作家蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
中でも、自国ドイツの第二次世界大戦時の暗部であるアウシュヴィッツの強制収容所でひそかに撮影された写真を出発点にした〈ビルケナウ〉は、2014年にようやく取り組むことができたと画家が語る集大成的な作品である。
「20世紀後半の最も重要な画家のひとり、そして21世紀の最前線の探究者」リヒターの作品が堪能できる注目の展覧会である。
《ビルケナウ》2014年[CR 937-1]油彩、キャンバス 260x200cm ゲルハルト・リヒター財団蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
展覧会概要
開館時間: 午前10時-午後5時30分(入場は午後5時まで)
休 館 日: 月曜日(2023年1月9日は開館)、年末年始(2022年12月28日-2023年1月4日は休館)
主 催: 豊田市美術館、朝日新聞社
後 援: 大阪・神戸ドイツ連邦共和国総領事館、ゲーテ・インスティトゥート大阪・京都、在日ドイツ商工会議所
特別協力: ゲルハルト・リヒター財団、ワコウ・ワークス・オブ・アート
協 力: 小川香料ホールディングス、ルフトハンザ カーゴ AG、岡建工事
観 覧 料:一般1,600円[1,400円]/高校・大学生1,000円[800円]/中学生以下無料
※前売りチケット(200円引き)、オンラインチケット(100円引き)
※オンラインチケットの申し込みはこちら
※9/17(土)10:00から販売開始
※豊田市内在住または在学の高校生、豊田市内在住の75歳以上、障がい者手帳がある人と介添者1人は無料(要証明)
《ビルケナウ》2014年[CR 937-2]油彩、キャンバス 260x200cm ゲルハルト・リヒター財団蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
展覧会の見どころ
現代アートの巨匠、待望の大規模個展
1999年のドイツ連邦議会議事堂の巨大なインスタレーションや、2007年のケルン大聖堂のステンドグラス制作など、国家的なプロジェクトにも携わるなど、ドイツを代表する作家であるリヒターは「20世紀後半の最も重要な画家のひとり、そして21世紀の最前線の探究者」(ニューヨーク近代美術館キュレーターのロバート・ストア)として今日、最も評価されている芸術家である。
《ビルケナウ》2014年[CR 937-3]油彩、キャンバス 260x200cm ゲルハルト・リヒター財団蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
2012年のオークションで存命作家の最高落札額(2132万ポンド=約27億円《当時》)を更新し、近年でも、2020年にメトロポリタン美術館で大規模な回顧展が開催されるなど、世界のアートシーンで常に注目を集めてきた。
リヒターの日本の美術館での個展は、2005-2006年に金沢21世紀美術館とDIC川村記念美術館で開催されて以来、16年ぶりとなる。
《ビルケナウ》2014年[CR 937-4]油彩、キャンバス 260x200cm ゲルハルト・リヒター財団蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
最新作を含むリヒター所蔵の作品で、60年におよぶ作家の画業をたどる
リヒターが手放さず大切に手元に置いてきたゲルハルト・リヒター財団のコレクションおよび作家本人の所蔵作品によって、1960年代の初期作品から最新作まで、貴重な作品約140点が一堂に会する。
これらの多様な作品を通じて、2022年に90歳を迎えた画家の、60年に及ぶ画業をたどる。
《モーターボート(第1ヴァージョン)》1965年[CR 79a] 油彩、キャンバス 169.5×169.5cm ゲルハルト・リヒター財団蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
豊田会場のみの特別出品として2022年の最新作を加えて構成
2017年に絵画制作からの「引退」を公表していたリヒターだが、2022年5月のバイエラー美術館(スイス)での個展で、鮮やかな色彩の水彩作品を発表。「リヒターはまだ描いていた!」と話題になった。
本展では、この水彩作品の写真エディションを「特別出品」として追加。東京会場で公開された2021年のドローイング作品とともにリヒターの最新の作品展開を紹介する。
近年の最重要作《ビルケナウ》、日本初公開
幅2メートル、高さ2.6メートルの作品4点で構成される巨大な抽象画《ビルケナウ》は、第二次世界大戦でのホロコーストを主題とする、近年の最重要作品。今回、日本で初めて公開となる。
本作は、見た目は抽象絵画だが、絵具の下層には、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所で囚人が隠し撮りをした写真を描き写したイメージが隠れている。
リヒターは1960年代以降、ホロコーストという主題に何度か取り組もうと試みたものの、この深刻な問題に対して適切な表現方法を見つけられず、断念してきた。
2014年に、作品を完成させたリヒター本人が、自らの芸術的課題から「自分が自由になった」と感じたと語っているように、リヒターにとっての到達点であり、また転換点にもなった作品である。
本展では、この絵画と全く同寸の4点の複製写真と、大きな横長の鏡の《グレイの鏡》とともに展示。圧倒的な鑑賞体験をもたらす空間をつくりだす。
主要な作品の解説
フォト・ペインティング
1960年代初頭に東ドイツから西ドイツへ移ったリヒターは、デュッセルドルフ芸術アカデミーで学ぶ。リヒターが制作の手掛かりにしたのが、新聞や雑誌に載っていた写真だった。
芸術家としての表現を切り詰め、身近な写真に従うように描き、最後に刷毛で画面にブレやボケのような効果を加えた。
《モーリッツ》 2000/ 2001 /2019年[CR 863-3] 油彩、キャンバス 62x52cm 作家蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
絵画と写真の間で、イメージの在り方を問うリヒターの代表的なシリーズである。やがて、自身の家族写真などをモチーフに、このシリーズを展開するようになった。
アブストラクト・ペインティング
《 アブストラクト・ペインティング》 1992年[CR 778-4] 油彩、アルミニウム 100×100 cm 作家蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
《アブストラクト・ペインティング》(写真上)はこのシリーズのひとつの到達点として、作家がずっと手放さずにいた作品である。
1970年代後半から始まるリヒターのこうした抽象的な作品では、1980年代からスキージ(自作の大きなヘラ)で画面に絵具をこすりつけながら、同時にそぎ落とす独自の制作プロセスが導入された。
この作品では、アルミニウムの支持体がところどころに露出し、絵画であるにもかかわらずどこか鏡やガラスのような輝きを宿している。
《アブストラクト・ペインティング》(写真下)を最後に、リヒターは「もうこれ以上描かない」と宣言した。
《アブストラクト・ペインティング》 2017年[CR 952-4] 油彩、キャンバス 200×250 cm 作家蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
事実、過去の小品への加筆や、ドローイング、水彩を除けば、この作品がリヒターの最後の「絵画」作品として登録されている。
こうした近作の作例にはスキージのほかに、キッチンナイフも随所に用いられ、緑と紫を基調とした画面に画家の手の動きが認められる。《ビルケナウ》を経て画家が到達した幽玄ともいえる境地を示す重要作である。
オイル・オン・フォト
小さな写真の上に絵具を塗り付けた作品。写真に写るイメージは風景、家族、知人とさまざまだが、いずれにおいても絵具は抽象的なかたちとして画面に入り込んで、写真のイメージと絵具とが拮抗している。
《1998年2月14日》1998年 油彩、写真 10×14.8cm ゲルハルト・リヒター財団蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
リヒターはこうした作品の多くを、〈アブストラクト・ペインティング〉を制作する合間に手掛けている。〈オイル・オン・フォト〉のシリーズは、小品ながら、写真と絵画の間に、現実と抽象の間に、イメージの在り方を探るリヒターの核心を示している。
ガラスや鏡を用いた作品
リヒターは1960年代以降、絵画作品の制作と並行してガラスや鏡を用いた作品を手掛けてきた。
設置された場所に応じて、あるいは鑑賞者の立ち位置によって、その都度、あらゆるイメージを映しこんで反射するガラスや鏡は、イメージの現れ方をさまざまに検証し続けているリヒターにとって、ひとつの原型的なモデルとなった。
《8枚のガラス》2012年[CR 928] 8枚のアンテリオ・ガラス、スチール 230x160x350cm ワコウ・ワークス・オブ・アート蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
《8枚のガラス》は、角度を変えて並べられた大きなガラスが視界を覆いつつ、世界を複数の断片的なイメージへと転じる。
本展では、このほかにもさまざまなガラスや鏡を用いた作品が絵画作品とともに並び、私たちを「見ること」そのものについての問いへと誘う。
ゲルハルト・リヒター(1932年~)
ドイツ東部のドレスデンに生まれる。ベルリンの壁がつくられる直前の1961年に西ドイツへ移住。デュッセルドルフ芸術アカミーへ入学した。
《8枚のガラス》2012年[CR 928] 8枚のアンテリオ・ガラス、スチール 230x160x350cm ワコウ・ワークス・オブ・アート蔵 ©️Gerhard Richter 2022 (07062022)
コンラート・フィッシャーやブリンキー・パレルモらと交流。「資本主義リアリズム」と呼ばれる運動の中で独自の表現を発表し、注目を集めた。
その後、イメージの成立条件を問い直す多岐にわたる作品制作を通じて、ドイツ国内のみならず、世界で評価されるようになった。
これまで、ポンピドゥー・センター(パリ、1977年)、テート・ギャラリー(ロンドン、1991年)、ニューヨーク近代美術館(2002年)、テート・モダン(ロンドン、2011年)など、世界の名だたる美術館で個展を開催。現代で最も重要な画家としてその地位を不動のものとしている。