ケンジタキギャラリー(名古屋) 2021年9月10日〜10月9日
大塚 泰子 Yasuko Otsuka
大塚泰子さんは1968年、広島県生まれ。1991年、多摩美術大学美術学部絵画科版画専攻卒業、1995年、同大学院美術研究科絵画専攻版画修了。
2004-05年、ポーラ美術振興財団海外研修助成により英国に滞在 。2009-10年にも、文化庁新進芸術家海外研修制度により英国に滞在した。現在は、名古屋市在住 。
筆者は、1990年代に主にケンジタキギャラリーの個展で取材した。その頃から、姿勢は一貫しているように思う。
大塚さんは、色彩と平面あるいは立体、プライマリーな形との関係に、とても繊細なアプローチをしている。
矩形に塗られた単色面や、数色に分割された平面、単色に覆われた直方体など、平面にしても立体にしても、表面は均質で、色彩と矩形あるいは直方体が一体化している。
画材はクレパスなども使い、触覚性を伴っていたこともあったと記憶しているが、今回は、いずれもキャンバスにリトグラフで色彩のレイヤーを重ねたものである。
紙に色彩を刷って壁にピンナップする(あるいは額に入れる)のでなく、キャンバスに刷って、そのまま展示していることが、とても重要である。というのも、そうすることで、壁から色彩が浮きあがり、そこに色彩そのものがあるように感じられるからである。
紙だと、表面のたわみなどによって、《色彩そのもの》の感覚が減じられてしまう。大塚さんのこれらの作品は、支持体という膜に色彩のレイヤーが重ねられた、絵画の本質を継承したフォーマリスティックな作品である。
単色か、せいぜい数色のストライプだが、染色かと思うほどに均質で美しい。つまり、色彩と矩形の平面が完全に一体化している。
言い換えると、大塚さんは、色彩のレイヤーをのせた矩形のキャンバスが、矩形の色彩そのものとして見えることとの関係において、作品を制作しているのである。
この支持体と一体化した色彩は、プライマリーな形とともに空間に美しく配される。
それは平面的、均質で、再現性や物質感やイリュージョンを排除しているため、あるプライマリーな形をもった色彩としてのみ知覚される(ただし、大塚さんの作品には、ボリューム、物質感、密度、触覚性が加味されたものもある)。
いわば、ニュートラルな「色彩の形」の色面の分割や微妙な色相の変化そのものが、そこに存在することによって、私たち鑑賞する者の中に、どんなイメージをつくりあげていくか。
その意味で、大塚さんの作品は、鑑賞者の中にあるイメージとの相互作用によって成り立つ。鑑賞者との共同の過程によって、脳内知覚にイメージの連想が起きるので、「演劇的」な要素もある作品である。
大塚さんは、ときとして、そうした「色彩の形」を個人的、日常的な生活空間の何かから参照している。
それゆえ、その何かのイメージと、作品とのあわいの中で繊細に揺らぐところに、鑑賞者は少し足を踏み入れ、今度は、自分の中にイメージをつくっていく。
絵画の形式と色彩と形という美術の本質を踏まえながら、純粋で美しく、現代の時間と日常空間を彷徨う作家のありのままのまなざしが反映されている。
もっとも、大塚さんの作品は、その「色彩の形」が容易に何らかのアナロジーに結びつくものではないということもわかったうえで、鑑賞したほうがいい。
大塚さん自身が、できるだけ表現を切り詰め、ある規律というのかルールの中で制作しているからである。
タイトルがヒントになる。そこには、ちょっとした物語が存在していることもある。
2021年 one moment blue (瞬間の青)
「’Round blue 青の周辺 」は2組を展示。同じサイズの矩形のキャンバスが24点1組になり、それらがタイル状になって上下にきれいに積み上がっている。
それぞれのサイズは、下の24点より、上の24点のほうが少し大きい。色見本のように統一された手法の規律性と色彩の変化によって、かすかな震えのような感覚が生み出されている。
作品は、リトグラフによる色彩のレイヤーが重ねられることでできているが、上の24点が最下層に青色があるのに対し、下の24点は最上層に青色がある。
「書架 bookshelf」 は、上下2つに色面分割された絵画の3点組である。
色は上が茶、下が黒である。図書館などにある本棚の並んでいるイメージ、空間の中に現れるそうした比率の美しさがここにはある。
同じ系統の作品では、空間に設けられたオレンジ色の扉を想起させる作品もあった。
割れたすりガラスのかけらのような作品「a piece of color」では、隣にガラスの破片を並べて展示していた。シェイプト・キャンバスの作品で、ガラスのかけらと同じ形に変形されている。色がなんとも言えないほど繊細である。
大塚さんは、ガラスを描いた絵にはしない。外枠の形はガラスの破片を模倣していて、もはや、絵画なのか、彫刻なのかもわからない。
つまり、ガラスの破片を再現したいわけではない。この形、この色彩の、ふわっとした存在そのものがあって、同時に、それは、隣にあるガラスのかけら、色のかけらという存在を問い直す。
これは今回、筆者が最も惹かれた作品である。
「mother’s blouse 」というタイトルから、ある種の感興に誘う美しい作品である。
テキスタイル模様であるが、繊細な布地の雰囲気を失わず、同時にグリッドの構築性がある。具象でもあり、抽象でもある。
今回は、写真作品2点も展示された。「one moment blue 瞬間の青 」と、個展全体と同じタイトルがついている。確かに白っぽい写真の中に、青色が写っている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)