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太田元弘展 織部亭(愛知県一宮市)

太田元弘

太田元弘

 太田元弘さんは1962年、愛知県岡崎市生まれ。1985年、名古屋芸大絵画科洋画コースを卒業。1986年、 同大美術学部絵画科版画コース研究科修了。

 愛知県岡崎市を拠点に、絵画と誠実に、純粋に向き合っている。豊田市美術館ギャラリー、織部亭などで個展を重ねている。

 コンセプトや戦略、目的などは考えず、見えたものを素直に心で受け止め、自分と対話する中で描かれる清澄な世界である。

 それは太田さんの生き方そのものである。

 以前は、ケヤキなど公園の樹木を描き、2012年ごろからは、長野県飯田市にある天竜峡のリンゴ園「天竜峡農園」に通い続けている。

 そこは家族経営の農園で、太田さんは9〜11月の土日曜、現地を訪れては、家族と交わりながら描くようになった。

 空気がきれいで、環境がよく、太田さんにとって、とても居心地の良い空間らしい。その素晴らしい環境を、展示空間のそこかしこに飾られた作品から私たちも感じ取ることができる。

2021年 受粉 黄昏に生きる

織部亭(愛知県一宮市)2021年11月6〜28日

 2019年の個展では、リンゴ園のさまざまなモチーフに視線を向け、小さな果実、花のクローズアップから、リンゴ園を包む空間、あるいは天竜峡全体まで、 多様な作品が発表された。

 今回は、前回の個展以降の2020、2021年の作品を中心に、2014-2019年の作品も展示した。一部は、前回の個展出品作も再展示している。

 前回を引き継ぎながら、蜂という新たな主人公が現れ、花と受粉という物語的な世界も描かれている。

  空に広がる雲の神秘的な姿も興味を引くモチーフである。

太田元弘展

 あるいは、逆光のリンゴの木を見上げるように描き、その樹影の背景を抽象絵画のようにした作品もある。

 寄り集まったように咲く花にズームアップして描いた作品が今回も中心となる。

 手前の花に焦点を合わせ、清新な絵具の塗りで繊細な花弁を表出させ、背景をぼかしている。

太田元弘展

 太田さんは、匂い立つように美しい花の形態や色合いの変化を丁寧に写し取っている。

 前回の2019年の個展以降、描かれることになった花の絵画は、蜂の視線を意識して描かれている。

 いわば蜂が花に接近しているとき、その目にはどう見えているかということだが、今回は、それだけでなく、その蜂を描くべき対象として取り上げた。

 花に向かって飛んでいる蜂、花にとまって蜜を吸っている蜂がモチーフになった。蜂の視線ゆえに、桜ほどの小さな花が大きくなっているのが興味深い。

太田元弘展

 上方の空間を広くとって、雲の広がりと遥かかなたに続く空間を描いた作品もとても惹かれる。

 日没に近い雲は夕日に染まり、幻想的な風景を形づくっている。

 絵具を塗り重ね、空気遠近法によって霞んだ遠方の風景を丁寧に描くことで、奥まで続く広大な空間に立ち込める冷涼な空気と雲の動きをつかみとっている。

太田元弘展

 逆光の樹影を描いた作品は、グラフィックデザインに近い印象を与える異質な作品である。

 リンゴの果実にわずかに立体感を出しているのを除いて、枝や葉はほとんどシルエットになっている。

 背景は非現実的な色面で三分割され、葉や枝の一部は切断されて空間に浮遊している。現実の風景と抽象性、空想的イメージが組み合わされ、不思議なイメージになっている。

太田元弘展

2019年 峡景・知欲の花

織部亭(愛知県一宮市)2019年10月19日〜11月10日

 木炭デッサンによる野外スケッチを描き、アトリエに持ち帰って油絵にするというのが基本パターン。

 写真を撮り、太田さんの心象を映したように変化させるが、それも自然体である。最初は、公園の木と同様、1本のリンゴの木を描き、その後、それを包み込む周囲の木を含む風景が描く対象になった。

太田元弘

 味も姿も異なるさまざまなリンゴの果実、リンゴ狩り用に枝振りを下に引っ張った1本のリンゴ の木の表情豊かな姿、穏やかな陽光が満ちたリンゴ園の風景、あるいは、遠方の霞んだ山並みを見通した奥行きのある光景、鳥の眼差しになって天竜峡を包む雲海を見下ろした世界…。

 モンドリアンの絵画が好きという太田さんが、格子の縦線、横線を意識し、L字形のキャンバスに描いた樹影もある。

 リンゴ の果実という小さな物から壮大な空間まで、今回の個展では、幅広いモチーフの作品が展示された。特に、花がクローズアップで描かれたのが今回の特徴である。

 花を描いた作品は、蜂の視線になって、現実には桜の花ほどのサイズの花を大きくクローズアップして描いた。

太田元弘

 リンゴ園の人から、リンゴの花もきれいだから、描いたらどうかと提案を受けたのがきっかけである。

 リンゴの花は、白やピンク色の花弁が美しく、とても愛らしい。桜のシーズンと同じ頃、1週間足らずの期間しか咲かず、タイミングが合わないと現地に行けない。

 今回は、たまたまリンゴ園からの、花が咲いたとの電話に対応でき、出かけられた。リンゴの花は、5〜7個ほどが集まって咲き、農作業としては、1つを残して他の花は摘んでしまう。

 「峡景 林檎花図」は、蜂が花に近づいていって見たとしたらこんな感じだろうかというほど、大きく拡大したリンゴの花を手前に描き、全体をソフトフォーカスで柔らかくとらえている。

太田元弘

 メリハリをつけすぎず、空気遠近法で背景を穏やかにぼかしている。デッサンと写真、現場での取材メモを頼りに対象を再構築し、奥の方には空と霞んだ山脈を描いた。

 葉脈の凹凸模様と山脈の凹凸模様が相似形になって呼応しているのが興味深い。見ていると、すぐ近くにいるような、絵の中にいるような温かい空気感が流れ出てくる。

 さらに大きな空間を描いたのが、鳥の視線で上方から手前の天竜峡から西へと望むような構図で描いた「峡景 雲海図」である。

 右手前にリンゴ園の緑を丁寧に描きこみ、霞がかかったはるか遠くの恵那山の山並みから、もくもくと湧き出るような雲海を空気遠近法で描いた大作だ。

太田元弘

 手前から奥に広がる空間の厚みと大気の肌触りの変化、さらには左右への開放的な空間性が見る者を包み込むようなイリュージョンを生み出している。

 太田さんは、絵具を厚く載せることは最小限にとどめ、フラットに描いている。彩度を抑え、視覚的に優しくしているのも特長。

 絵画空間も空気遠近法によって静かに奥に広がる感じで、穏やかである。自分が描くことで癒やされる感覚を見る人とも共有したいとの思いがあるようだ。

 作品のタイトルにも凝っている。個展タイトルの「峡景」も「知欲」も太田さんによる造語である。

太田元弘

 峡景は、天竜峡の景色であるし、知欲はリンゴが帯る象徴性から発想した。「果紋」は、果実の表面に繊細な模様が浮かぶ王林や千秋など果実のシリーズである。

 老荘思想で、万物と触れあいながらも、自分は安らかであるという「攖寧(えいねい)」、「和して唱えず」を意味する「哀駘它(あいたいだ)」をタイトルにした作品、副題に好きな米国のポップスのタイトルを引用した作品もあるなど、太田さんの普段の生き方が反映されている。

 家族経営のリンゴ園という空間に身を置き、感じたままの空間、対象、雰囲気を素直に表現した。

 絵が好きで好きでしょうがないという気持ちがにじみ出る柔らかな世界。その中に太田さんがいて、見る人を手招きしている。狭い範囲にも果てしない宇宙があって、発見が尽きない。この世界を楽しみ、絵画を悦び、それを分かち合おうとしている作品である。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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