Enne_nittouren(名古屋) 2022年4月6〜17日
大西佐奈
大西佐奈さんは三重県生まれ。2004、2005年にフランス・パリのグランド・ショミエール芸術学校に在籍。
2006年、沖縄県立芸術大学美術工芸学部絵画専攻卒業、2008年、沖縄県立芸術大学大学院造形芸術研究科絵画専修修了。
2015年、三重県立美術館での特集展示「三重の新世代2015」 に選ばれ、その後、シェル美術賞展2020に入選している。
主に地元の三重や、名古屋、東京で作品を展示し、最近では、2020年に侶居(三重県四日市市)、2021年にギャラリ想(名古屋市)、ARToba site(三重県鳥羽市)などで個展を開いている。
筆者は初めて見る作家であるが、薄い絹地に油彩を浸透させた作品は、静謐な美しさを際立たせている。
明確なレイヤー構造、形のない広大無辺とした抽象的な空間性と幾何学性との対比が顕著である。
つまり、支持体の薄い絹の層と、その奥にあるレイヤーによって、表象対象のない茫洋としたイリュージョンを見せながら、最前面の幾何学的な構造、絵具の物質感との対比的な関係によって、重層的な絵画空間を現出させている。
物理的なレイヤー構造も生かしながら、深く透明感のあるイリュージョンを成立させるとともに、手前のアーチやストライプ、矩形、水平線や垂直軸、不定形に塗られた絵具によって、虚と実、無窮の世界と形のある世界、空間と構築物、あわいの揺らぎと物質との対比がみてとれる。
筆者が初めて訪れた展示空間の「Enne_nittouren」は、音楽関係のイベントなどを含めて開催される多目的スペースだが、天井が高く、とても美しい空間である。
雲をおもい海をおよぐ
個展タイトルの「雲をおもい海をおよぐ」は、父親の死や、海にまつわる記憶に結びついている。
ここでいう雲や、海(水)は、大西さんにとって忘れ難き風景の記憶であると同時に、さまざまな条件によって現れ、宇宙の中で変化する不生不滅の本質、無限性、自分をとりまく形のない感覚・知覚世界ともいえる。
よく溶かれた絵具が薄く塗られ、半透明の膜のようになった絹地の支持体は光を透過させ変幻する感覚である。
表面だけでなく、その裏面、奥の別のレイヤーにも色彩を載せている。全体には、深く、うつろうような空間を追求していて、一部には、水滴のような形象も確認できる。
一方で、絹地の最前面には、絵具の厚い層によって、マスキングによるライン、ストライプ、アーチ、フレーム、矩形あるいは、不定形の盛り上がりなどが見られる。
大西さんの作品では、この柔らかい色彩が揺らぐような奥行きと、絵具の物質的な存在感との対比が強調される。
この手前の絵具の層は幾何学的なこともあれば、雲や渦潮のような不定形のこともある。単色のこともあれば、まだらに見えるところもある。
大西さんは、幼時から長く海辺の地域に暮らした。そのせいか、彼女が描く空間は、海と空、大気と雲、それらの循環と相互のつながりが、水平線や、人間の立つ垂直軸との関係で、視覚性、身体感覚、記憶とともに捉えられているのかもしれない。
半透明の層が変幻するような色相と光の現象を見せてくれるとともに、厚く塗られた絵具の層、構築的な要素との関係によって、色彩の豊かさ、世界の深遠さ、不可思議さが開示されているようでもある。
つまり、手前の絵具の厚みが、絵画の形式として、構造として、物質として、平面として、まなざしに作用するのとは対照的に、絵具が薄く浸透した絹地から奥へといざなわれる視線は、色のマッスによって、深度と空間の揺らぎ、眩暈を経験させる。
この光が浸透する深く繊細な色彩のイリュージョンと、絵具が明瞭に塗られたストライプ、アーチ、フレーム、矩形、不定形の平面性、物質性との関係によって生まれる、深度の感覚と平面性、形のない世界と形のある世界、いわば、彼岸と此岸の関係が、とても興味深い。
それは、変化する色彩、光のマッスと物質、官能的、神秘的なまでの世界の広がりとこの場所、外界と内界、世界と自分という身体の関係をひとつづきのものとして探究しているようにも思える。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)