L gallery(名古屋) 2022年3月19日〜4月10日
小栗沙弥子
小栗沙弥子さんは1978年、岐阜県生まれ。岐阜県在住。2002年、愛知県立芸術大学美術学部日本画科を卒業。2004年、愛知県立芸術大学美術学部油画科研究生を修了した。
あいちトリエンナーレ2010に出品。2013〜2014 年には、ポーラ美術振興財団在外研修員としてタイに滞在。2019年には、レジデンスアーティストとしてブラジル・サンパウロで制作した。
最近では、2021年12月から2022年1月にかけて開かれたエビスアートラボ(名古屋)でのグループ展「絵画の忘れ方」に参加している。
小栗沙弥子さんについては、2021年3月に愛知県立芸大 SA・KURAであった個展レビューも参照してほしい。
今回の個展でも、SA・KURAのときと同様、多様な作品が展示された。
主には、キャンバスの木枠をカッターナイフで削り、壁に並べた作品、さまざまな紙の断片を使って、壁に取り付けた小さな小屋のような半立体、チョコレートやチューインガムを包む銀の包装紙を細く切って板の木目に沿って貼った平面である。
2022年 壁と待つ
小栗さんは、学部では日本画を学び、その後、油絵、そして版画へと方向転換した。
版画の制作に向かった後、プレス機のサイズの限界に直面し、小屋をモチーフに、「版画」でなく、「版」のほうをそのまま平面として作品化した。
このとき、チューインガムの包装紙や新聞紙をコラージュした「版」が、現在のさまざまな作品シリーズにつながる原点である。
グラシン紙やトレーシングペーパーで構築した半透明の小屋を空間にてぐすで吊り下げる作品を経て、包装紙、地図やメモ、広告チラシなどの断片を床や壁に展開するインスタレーションへと向かった。
ほかに、髪ゴム、セロテープの芯、自転車のタイヤ、針金、ループキーなど、環状、枠状のものを使い、金魚すくいのポイのように、輪や枠の内側にキッチンペーパーやストッキング、ティッシュ、ビニールなどを張った作品も制作している。
いずれも、取るに足りない紙片や素材、日用品、その一部をミクロとマクロのまなざしを往還するように組み立てて空間をつくっている。
紙の作品では、小さな建物の間取りのように見えるが、本人としてはそうした意識はないらしい。
だが、実際に、そう見えるのは確かであるし、微視的、巨視的な視線の双方は感じられる。
微視的というのは、タッチ、マチエール、肌理のことで、小栗さんは、紙の破片の質感、折れ、ゆがみ、ねじれ、色彩などの細部を筆のタッチのように連ねて、作品をつくっている。
チョコレートやチューインガムの銀紙を支持体の木目に沿って貼っていくのも同様。その1つ1つが、描くときの筆触のアナロジーなのである。
この銀紙は、日本画を描いていたときの銀箔の名残りでもある。
キャンバスの木枠をカッターナイフで削った作品も、削りの1つ1つの痕跡を筆のタッチやマチエールになぞらえることができるだろう。
巨視的というのは、まさに見下ろしたような俯瞰の視線で、地図のような、あるいは、街のような見方である。
初めて訪れた都市の中を移動するときに、街の全体像が頭の中でイメージとして結ばれず、自分が都市のどこにいるのか、位置関係が分からないことがある。
小栗さんも、サンパウロに滞在したときがまさにそうで、地図を頭の中でつくるように作品を作っていたとのことである。
小栗さんの作品は、小さな紙片や、木を削ったくぼみの痕跡が、あたかも筆触のように空間に展開した「絵画」である、といっていいのかもしれない。
取るに足らない紙片や木枠、銀紙を使いながらも、美しさと空間性、豊かさを看取させるのは、このマチエール、つまり既製品の細部の「筆触」の表情のせいである。
そうしたささやかな存在が、絵画の1つ1つの筆触と同様、弱く何気ないものであるように思われながらも、生動するような感覚、息遣いを生みだし、その連なりが肌理となって、リズムと時間性、空間性へと高められていく。
そう思うと、小栗さんが絵画出身であることは、とても大きな意味をもつ気がする。
小栗さんは、絵を描くように、紙片をつなげ、木枠を削り、そのつながりによって、都市の肌理のような空間の豊かさをつくっている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)