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荻野佐和子展 ギャラリーA・C・S 2020年

ギャラリーA・C・S(名古屋) 2020年7月4〜18日

 荻野さんは1961年、愛知県生まれ。奥三河の設楽町出身で、現在は、同県新城市を拠点に活動している。

 一般の大学を卒業した後、名古屋芸大に進み、リトグラフ、ドローイング、油彩を制作。風景をモチーフに一貫した作品を発表している。

 生まれ育った奥三河や、人生の中で大きな位置を占めることになったインドのダージリンなどの風景を起点に、色彩と形が一体化した画風である。自然観照から、人間や人生、文明を捉え返していると言っていい。

 荻野さんは、2019年夏、インド・ブッダガヤに学校を設立するなど、家族で活動しているNGOの仕事で20年ぶりにインドを再訪した。最終目的地のダージリンは、ヒマラヤ山脈の底部に位置し、標高は2200メートルほどある。

荻野佐和子

 ちょうど雨季で、冴え冴えと連なる雪の山脈は見えるはずもなかったが、到着した翌朝、雲間から一瞬、彼方に雄大なカンチェンジュンガが姿を現した。エベレスト、K2に次いで世界第3となる標高8586メートルの高峰である。

透き通るような薄いブルーの雪山が悠然と輝くその姿は、美し過ぎて自分の感覚が追いついていかない程でした。

(中略)

一瞬たりとも形を留めることなく、流れ過ぎていく霧の風景を眺めていると、私も自然の一部となって息づいているような感覚にとらわれました。

Gallery A・C・S ラビスタより、一部表記を変えてあります

 この荻野さんの感覚は、他の作品の底流にも流れ込んでいる。大きな自然に包まれ、悠然とその流れに身をゆだねるしかない人間は、誰も等しくちっぽけで、いとおしい。大いなる流れの中にいることを意識すると、すべての違いを超え、あらゆる人を大切に思える。それはまた、ノスタルジーにも似た、本来の自分に帰っていく、優しく穏やかな心持ちではないか。

 荻野さんが見た壮大な風景は、一瞬の出来事だった。美しい光景は、すぐに厚い雲に覆われた。私たちは、たとえ、そうした風景を離れても、この大きく美しく広がるものをどれだけ心に感じられるか。

荻野佐和子

 インド・西ベンガル州のダージリンは、高級な紅茶の栽培で知られ、グルカランドの独立を求めるネパール山岳民族、グルカ族の民族運動も起きている。美しく、大きなカンチェンジュンガは、そうした衝突をはじめ、人間の世界をどう眺めているのか。

 荻野さんの作品を前に、自分の心が大きな自然で満たされるながら、平等な人間がなぜ対立、分断へと向かってしまうのかと、ふと思う。荻野さんは、ダージリンの山間にたなびく雲や霧の向こうにある大きな風景に、故郷の設楽町に通じる懐かしさ、愛で心が満ちた本来の自分を憧憬するノスタルジーを感じる。

 荻野さんによると、山の中に家が点在する設楽町は、ダージリンと似て、濃い霧に包まれ、やはりお茶を栽培する。荻野さんは、幼い頃、ここで自給自足に近い生活を送り、自然とともに日々を過ごした。

 そんな荻野さんにとって、描くことは、自然と一体化すること、空や大きな山、大気、水の流れに包まれ、内なる風景と記憶と向き合うことである。

荻野佐和子

 制作するのは、油絵、水彩やパステルによるドローイング、それをベースにしたリトグラフ。荻野さんの作品には、風景の色彩、うつろい、流れと質感、郷愁を誘う空間が、本来の人間の心を回復するようなものとして描かれている。

 油絵の1つは、緑を中心とした柔らかい色彩が、見る者のまなざしのみならず、体までも絵画空間へといざなうイメージである。

 抽象的な色彩空間とも、織りなす樹木の向こう側へ視線が抜けるような具象的な空間とも思える空間は、設楽町の実家周辺の自然豊かな風景がイメージの源泉になっている。

荻野佐和子

 両側から緑が浸潤し、その豊かな色彩の中ほどに視線を導くモチーフは、他の作品でも見られる構図である。故郷の父親の記憶と結びついたピンク色のネムノキ、実家にあった黄色のイチョウの木のイメージもある。

 具体的なモチーフ、自分にとって親密な、共感を抱かせる風景、記憶と素直に向き合う。たとえ小画面であろうとも、風景は外へ外へと広がり、ノスタルジックに私たちの記憶と共振する、うつろいゆく自然のように、その絵画空間は、豊かで透明感のある色彩とともにとても心地よく、優しく、私たちを本当の自分と向き合わせてくれる。

 木々の緑、彼方の山塊、空や雲、大気、水蒸気・・・荻野さんの作品は、すべての具象的な風景が溶け合い、優しい色彩、柔らかく不定形な形象、広がりゆく空間となって、見る者を包み、私たちの中にしみこんでくる流れそのものである。

 自然の流れに身をまかせ、自然を大切に思い、本当の自分でいること、自分らしく生きること。ダージリンと故郷・設楽町の自然は、荻野さんの体の中に満ちるような優しさを流し込んでいる。自然と自分を一体化させることによる人間と人生への観照が、そこにはある。見る者もそれを分かち合うことができる。

 ちっぽけな人間は、心の闇、ネガティブな自分の状態とどう向き合うとよいのか。本当の幸福とはどういう心のありようなのか。流れるような大きな自然に包まれたいというノスタルジー、それがもたらす穏やかな心は、誰もが直面する問題へのヒントを与えてくれる気がする。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

荻野佐和子
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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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