ハートフィールドギャラリー(名古屋) 2020年10月29日〜11月8日
中谷ゆうこ
中谷ゆうこさんは1966年、愛知県出身。わが子2人の赤ちゃんのころの顔が寄り添いながら浮遊するようなイメージを描き、夢広場はるひ絵画ビエンナーレ(愛知県春日町主催、現在は清須市)で優秀賞を受賞したのは、2001年のことである。
2005年には、VOCA展に出品。その後、モチーフを変化させながらも、存在への深い愛着や共感、形態への興味から引き寄せられた対象を抽象化させ、宇宙を感じさせる絵画空間として描いてきた。
2022年の個展「くうきのてざわり」(ハートフィールドギャラリー)のレビューはこちら。
色彩や表現性を抑えて、幻想的、静穏な空間を目指していることもあって、決して声高に訴えてくる作品ではなかったが、この世界と人間、絵画に真正直に向き合っている姿勢が画面からにじみでていた。
赤ちゃんの顔はその後、さらに抽象化が進み、鼻のみが突起物として残った球体になっていくが、それは、中谷さんにとっては人間の生命の象徴、あるいは魂のかたち、いわば、最も大切な存在となる。自身の長男、長女だった愛の対象が普遍的な存在になったというべきだろう。
2020年 ハートフィールドギャラリー
ハートフィールドギャラリーでは、2017年に続き、3年ぶりの個展である。今回、特に注目したのは、200号の大作「とおりすがる」である。茫洋とした深遠な絵画空間の、ゆったりと精気がたゆとう中に、小さな玉が存在しているイメージである。
筆者は、真珠のように見えたが、混沌とした宇宙の中に確かにある生命の根源、エネルギーの種子、希望のように思えた。
中谷さんも、コロナ禍で、仕事を失い、予定していた展覧会が延期・中止となるなど、ストレスのたまる日々を過ごしたようである。
多くの人が感じたであろう空虚感。今回の個展では、それを乗り越えようする新たな展開も見られた。
中谷さんに新たなインスピレーションを与えたのが、以前、スウェーデンを旅したときに訪れた「森の墓地」(スコーグスシュルコゴーデン)である。
同国の建築の巨匠エリック・グンナール・アスプルンドらが設計したストックホルム郊外の世界遺産。
生命の再生、命の循環をコンセプトにしたこの墓地を訪れた中谷さんは、それまで描いてきた作品のテーマに、芽吹き、リインカネーション(輪廻転生)を加えた。
「生命」は、赤ちゃんや、魂のかたちを描いていた頃からのテーマだが、そこに、死からの再生、絶望からの希望、循環などが加わったともいえる。
そんな中で、2020年から新たに始まったモチーフでは、奈落の底のような深い穴が反転したように地上に突き出て、上方に伸びていく。
黒い円の中央が上に引っ張られるように細く伸びる形象は、この穴からの芽吹き、循環、再生、希望のイメージである。
「穴」自体は、中谷さんが以前から描いているモチーフだった。それは、中谷さんにとって、この現実世界と意識下の世界とを行き来する出入り口のようなイメージだった。
それは、あるときには空虚、心の穴、もっと言えば、死へ通じる穴といえるかもしれない。
中谷さんは、命を象徴する渦巻きのような形象を描いたこともある。生と死、存在と無、充実と空虚はひと続きであって、それらは循環する。そんな世界観が描かれていると言ってもいい。
深く降りていく空虚の穴が反転し、上昇する一筋の線状。今回は、さらに、花のイメージを描いた作品群も展示された。
中谷さんは、《再生-reborn》という主題を、これらの作品に与えている。
「おどるにまかせる」と題された大作は、もともと細胞が分裂する様子を描いた描きかけの旧作に筆を入れたものである。細胞は、中谷さんの言う魂のかたちと言ってもいいかもしれない。
細胞、あるいは魂のかたちの形象の球体9つが描かれていたが、それらが溶け合うような空間にし、中央の球体の付近を花のイメージに変容させた。
再生された絵画は、まさに《再生-reborn》のイメージとして生まれ変わったのである。特に注目すべきは美しい色彩で、花弁の周りに光る繊細な色彩が、この作品をかつてないほどに艶かしく、生気に満ちたものにしている。
先にも書いたが、中谷さんは、これまで色彩を抑え、足し算よりは引き算の発想で絵画を成り立たせようとしてきた。それが、この《再生-reborn》では、大きく変化したように思う。
そして、この色彩は、花を描いた別の小品でもおおむね共通している。
この《再生-reborn》の主題は、冒頭に紹介した200号の大作「とおりすがる」とも通じるものがある。この作品も、ほのかに色彩が加わった。空間に動きとエネルギーが生まれ、ほんの小さな球体に命の始まりを感じる。
もう1つ、新たな試みとして興味深かったのは、旅行で訪れた外国のコンセントなどを描いた小品のシリーズ。タイ、ベルギー、オーストラリア、米国などがあったが、それぞれが顔に見えて、とても面白かった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)