現代美術 ⾋居・⾋居アネックス(京都) 2020 年 10 ⽉ 2 ⽇〜11 ⽉ 21⽇
中島晴美:50年の軌跡
岐阜県恵那市の陶芸家で、多治見市陶磁器意匠研究所の所長、中島晴美さんの50年にわたる作品を振り返る「中島晴美:50 年の軌跡」展が2020年10月2日〜11月21日、京都市の現代美術 ⾋居及び、⾋居アネックスで開かれている。
なお、11月12日に開催されたオンラインコンフェレンスでの主なやりとりはこちらの記事を参照。
2カ所の会場で、大学3年のとき、走泥社展の刺激を受けて制作した「魂」(1971年)から、2020年の新作までをまとめて展示している。
1970年代から2020年まで、それぞれの時期における新たな形態が陶芸の造形論の深度とともにエキサイティングに展開し、そのダイナミズムが一望にできる。
⼤学3年⽣の春、京都市美術館で観た⾛泥社展の衝撃が私の「⽣き⽅」を決めた。その後の制作の⽇々は、陶の⽴体造形作品の虜になった私の「⼼の奥底を覗く」ことだけにあったように思う。粘⼟の可塑性と焼成に寄り添いもたれるように⾝を任せた時もある。時には反発し抑え込もうと格闘し、もがいた。時は過ぎ⽇常性の中での 50 年に渡る制作は、理性にコントロールされた「理想」を織り込むことも必要ではないかと、かたくなに貫いた素材に対する態度も緩む。
中島晴美
「無⼼につくることで粘⼟と⼀体となり、本能のうごめきや、⾃覚のない本性が曳ずりだされる」。そんな陶芸の有機的で⽣の魅⼒は「今を⽣きる」若者の作品に任せて、私は「綺麗ごと」の中で制作してみようかとぼんやり思うのである。
自然光が差し込むギャラリー最奥に集められた2020年の作品群は、柔らかく澄んだ光と清新な空気に包まれ、とても美しく展示されていた。それぞれが生命のように増殖し、伸び、広がり、変化する、そんな豊かな形態である。
最新作
手捻りによって、有機的、生体形態的に立ち上がった形の連鎖。半球体が増殖し、曲面が伸びやかにねじれ、分岐し、反り、反転し、内が外に、外が内につながる。表面を覆う青いドットの大きさ、間合い、粗密、テンポが、さらなる生動感を与え、空間に豊かに転調させていく。
円筒とそこに切り開かれる円形、そして、半球体の連鎖、接続される円筒。一定のルールのもと、幾何学を結び合わせていく知的な理路と、不条理や矛盾を抱え込んだような形態である。
半球体が増殖する形態であることには違いないが、同じ作品はただ一つもない。同じ人間でも、誰もが異なるように、中島さんの作品も全てが異なる。
シンプルでありながら複雑極まりない作品は、見る角度によっても全く異なる様相、表情を見せる。
土の造形の展開
素材を土に限定し、その特性から導かれる造形プロセス、形への意識を寄り合わせるように制作する一連の展開を眺めると、その歩みが、素材と造形プロセス、形態、内なる自分を見つめ直すことから成し遂げられたことが生き生きと伝わってくる。
可塑性のある粘土に対して、直接に手を動かして土を造形していく手捻りは、作り手の形態認識、意識と潜在意識、運動感覚、感情、触覚、記憶が、より強く造形に作用するのではないか。
それでいて、自分の手の動きはもとより、意識と情動を制御し、透徹した眼差しを忘れない。
中島さんが大学3年のときに制作した「魂」(1971年)は、走泥社の作品に日本人の美意識を感じ、刺激を受けて作った作品。
今回は、ギャラリーのショーウインドウに飾られていた。
大阪芸大の卒業制作賞を受けた作品「墓標」(1973年)は、アネックスに展示されている。
⾋居の表のスペースには、「距離」(1974年、上の写真の奥右)、「ねじ式」(1974年、奥左)、「悶」(1975年、手前)も。
時代は、70年代から80年代へと移る。
「純粋培養」(1980年、上の写真)は、土の可塑性から、有機的形態、増殖、イメージの変容を意識し始めた作品。
上部と下部の異質性、意外性とどこかキッチュな態様が、土の造形の可能性を切り開こうとする決意を感じさせる。
80年代半ば〜2013年の作品は、一部を除き、アネックスに展示された。
「うふふ」(1984年、上の写真)や、「コスモス⾊の⽻を持つ⿃」(1986年、下の写真の奥左)は、ポップで、とてもユーモラスな印象である。
「うふふ」は、中島さんが内なるものを強く意識した作品。熊倉順吉の作品と⾔葉に影響を受け、作家⾃⾝が「明るく楽天的」と考えていた性格だけでなく、その裏側に付着している「ねっとりとしたもの」に向き合い、陽と陰、正と負などの対比を⼗数点の作品の形態に反映している。
今回の展示では、「コスモス⾊の⽻を持つ⿃」(1986年、上の写真の左奥)から、白地にドットが現れている。
「楽天家の笑い」(1988年、上の写真)、「内なる自己」(1989年、その上の写真の手前)、鞄シリーズの「Bag of Mr.Duke」(1990年、下の写真)が続く。
鞄シリーズは評価されながらも、「これだと焼き物でなくても表現できる」「素材を1つに限定しなくても制作できる」との判断から、4点で制作をやめた。
次の展開への過渡期を感じさせる段階である。これらの作品では、内側に刺状突起が見られる。
「内なる自己」(1992年、下の写真)、「苦闘する形態V」(1993年、その下の写真)になると、半球体の増殖の隆起が見られ、今の作品に近づいている。
「もともと焼き物は器で、中は空洞である」との考えから、作品の⼝が開く造形にしたのもこの頃からである。
その後の展開につながる1989年及び1992年の「内なる自己」は、中島さんにとって記念碑的作品。
「苦闘する形態V」(上の写真)を、1994年の朝日現代クラフト展に招待出品した際、中島さんは、このシリーズについて、「土そのものに自分を見い出し、人間の苦闘する内面を表現したい。そして、それを私の存在証明としたい」と書いた。
2002 年、オランダでの展示を機に、陶土から磁土へと素材を変える。ここから、研ぎ澄まされたような作品の緊張感がさらに高まる。
2000 年代の磁器作品「WORK-0506」(2005年、上の写真右)は、東京国⽴近代美術館⼯芸館の開館 30 周年記念展「⼯芸の⼒―21 世紀の展望」に出品された。
形態の面白さ、複雑さ、動き、磁土ならではの質感などを含め、とても目を引く作品である。
⼟器から陶器、そして磁器へと、焼き締めを強めてガラス化を求めた焼成の歴史をなぞるように進み、「芯から表⾯まで全体を⽀配する⽩」「硬質で光を透かすほどに焼き締り、凛としてある」質感を求めた。
陶土での制作で獲得した成形や焼成の技術が通⽤しない中、悪戦苦闘を続けた。素材を1つに限定し、その不⾃由さを受け⼊れ、素材の声を聞きながらも、その手強い素材に自分を織り込み、難路を進んだ。
作品は、「反転しながら増殖する形態」「不条理を内包する形態」を経て、「内なるかたち」「増殖するかたち」へと展開を続ける。
「内なるかたち—02」(2020年、上の写真)。可塑性という粘⼟の特徴を生かし、その土を、成⻑し増殖し変容する⽣命体のかたちとして成形する。
それが⼈間の内なる本能をあぶり出すことでもあると、中島さんは語る。その本能は、理性とせめぎ合いの中であらわになる本能、「私」の真実なるかたちである。
「増殖するかたち—2023」(2020年、上の写真)。 京都市美術館で⾛泥社展を見た⼤学3年のときから、土による制作に「⼼の奥底を覗く」思いを重ね、作品を進化させた。
粘⼟の可塑性と焼成、土を抑え込もうとする格闘、その声を聞こうとするさらなる対話を経て、現在は、理性にコントロールされた「理想」も織り込もうとしている。
中島 晴美(なかしま・はるみ)
1950年岐⾩県⽣まれ。1973年、⼤阪芸術⼤デザイン科陶芸専攻を卒業後、信楽で制作。1976年、多治⾒市陶磁器意匠研究所勤務。2003年には愛知教育⼤学教授として勤務し、現在は多治⾒市陶磁器意匠研究所所⻑。岐⾩県恵那市で制作する。
受賞歴は、1980年毎⽇ID賞特選 2 席受賞、1995年国際陶磁器展美濃ʼ95 陶芸部⾨⾦賞受賞(1989 年同銅賞受賞)、2010年⽇本陶磁協会賞受賞。
収蔵先に、東京国⽴近代美術館(東京)、岐⾩県現代陶芸美術館(岐⾩)、⾦沢 21 世紀美術館(⽯川)、エバーソン美術館(シラキュース・アメリカ)、ファエンツァ陶磁国際美術館(イタリア)、ヨーロピアン・セラミック・ワーク・センター(オランダ)、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(ロンドン)、上虞⻘現代国際陶芸センター(上虞・中国)、清華⼤学(北京)など多数。