ギャラリーヴァルール(名古屋) 2020年11月24日〜12月19日
中野優さんは1993年、静岡県出身。京都造形芸術大学を経て、愛知県立芸大博士前期過程を修了した。
一見すると、子どものお絵描きのようなイメージをモチーフにした、温かく艶かな絵画である。
イメージは、細かいところを切り詰めてある。
最小限の絵具を支持体に載せるようにしながら、例えば、人物が寄り添っている場面であろうといった感じで想像させる。
2人の人物が向き合って、親しげに話しているイメージもあるが、それも、絵具を手早くさっと延ばしたふうで、描写を重視しているわけではない。
輪郭も不明瞭。絵具の筆触、にじみを重ねるようにしていて、かろうじて人物だと見分けられるほどである。
簡潔でありながら、モデリングすることも、デフォルメすることもない、地に載せた絵具による最小限のイメージである。
つまり、具象的であるといっても、形象はあやふやで、抽象的というのでもない。
絵具が擦りつけられている、あるいは染み込ませてあるといった趣きなので、形象は平面的かつ強い印象がなく、むしろ、絵具の物質性が印象付けられる。
体の存在感が希薄な一方で、服や靴だけが目立ち、着せ替え人形の服が浮いているように見える作品があるかと思えば、横たわった人物の顔や体が比較的よく確認できる作品もある。
それでも、楕円の絵具の上にある2つの小さな点を目だと推測することで初めて、それが顔で、こちらが体でと、人のイメージを想起できるといった具合である。
この小さな2つのドットがなければ、もう、つかみどころのない形象となってしまうかもしれない。
こうした絵具の物質性と、寄り添うような人物の曖昧なイメージが1つの特徴とすれば、もう1つの特徴は、これらの形象が浮かび上がるように見える平滑な背景である。
中野さんの作品では、背景の作り方は大きく2種類である。
1つは、モデリングペーストにアクリル絵具を混ぜて、キャンバスに厚く塗った後、メディウムで覆った地である。ワックスのような質感がある。
レース生地など、別の素材を挟み込んでいるものもある。画面から、レースの生地が透けて見えるのが確認できる。
もう1つのパターンは、アクリル板を支持体にしている作品である。裏側から、スプレー塗料を吹き付けている。
この場合、絵具による人物のイメージは、アクリル板の表側に描かれる。
このように、つるっとしたメディウムやペースト、レース生地などの層、あるいは、滑らかなアクリル板に載せられた絵具は、地から浮いた感じになっている。
つまり、絵具による形象が、背景が平滑で異質であるがゆえに、地から浮いているような感覚を引き起こすのである。
それゆえ、中野さんの作品では、筆触による人物らしき形象が画面の上を滑り動く雰囲気がある。
4枚の連作になっている作品「コーヒーと紅茶を同時に淹れる実験」では、それぞれ横長のアクリル板の裏側から、スプレー塗料で背景色を吹き付け、イメージは、表側から、アクリル絵具が塗られている。
余白の大きい空間の右下に、赤いソファーが描かれ、あとは、人物だと思われる形象を絵具を擦り付けるように描いているのである。
地となる平滑なアクリル板の上を形象が動く感じもして、アニメーションを連想する作品である。
中野さんは、中学生のときに読んだ夏目漱石の「夢十夜」の「第一夜」を読んで、大きな衝撃を受けた。
その時間感覚と空間意識が、自分の絵画に大きな影響を与えたと書いている。
それは、瞬間に流れ込む膨大な時間、空間の中にぽつぽつとささやかにある存在(色)ではないだろうか。
つまり、瞬間と永遠、儚さと存在。
夢のような、遠い記憶のような、うつろう瞬間がもつ永遠性と、宇宙の中の小さな存在のかけがえのなさ。
不確かながら、ささやかな存在の寄り添う、うつろう瞬間に匂い立つ甘美な記憶、温かい雰囲気と言ってもいいだろう。
中野さんの作品は、そんな愛おしい感覚を、空間にたゆとう瞬間の存在を暗示する筆触によってすくい上げようとしている。