gallery N(名古屋) 2023年12月2〜24日
中野岳
中野岳さんは1987年、愛知県生まれ。現在は愛知を拠点に三重県内のアトリで制作している。2017年、ポーラ美術振興財団在外研修員としてドイツ滞在。
2011年、東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。2014年、東京藝術大学美術研究科彫刻専攻修士課程修了。2017年、シュトュットガルド国立美術大学ファインアート科ディプロマ課程修了。
2022年にギャラリー Nで、2020年に児玉画廊(京都)で個展を開いている。2023年、名古屋の古川美術館で開催された「翼果の帰郷展」にも出品。また、2022年、アッセンブリッジナゴヤの「アッセンブリッジ・スタジオ2022」に参加した。
2022年の個展では、西欧に古くからある「ホビーホース(棒馬)」を解釈し直す試みを展示した。彫刻の出身だが、中野さんの取り組みは多岐にわたる。
筆者は、中野さんの作品を見るのはほとんど初めてだが、中野さんのWEBサイトには、自動車を破片になるまで粉砕した後、事前に用意しておいた石膏型で再現する試み、恋人を投石機で飛ばしキャッチする実験、木工用ボンドを体に塗りつけ、ヘビやセミのような脱皮を体験するパフォーマンス映像など、数々の興味深いプロジェクトが紹介されている。
ドイツ、メキシコ、中国、フィンランドなど、滞在した場所で、他者や環境と関わり、架空の設定・構想で、ときに妄想とも思えるアイデアを提案、継続、変容させていくような、ユーモラスで型破りなプロジェクトを実践してきたことが分かる。
それぞれの社会や地域性、民族性、状況、あるいは歴史、文化規範や制度、習慣、身体性、関係性に対して、誤訳のような大胆な実験 ゲーム、パフォーマンスのようなプロジェクトを幅広く展開している。
固定されているように思えるルールを、自身の記憶や素朴な発想による新たな解釈で創作し直し、成長させるような突拍子もない実験、意外性に富んだ脱線が、新たな文化、ナラティブを生成するような予感を醸成していく。
山が下る 2023年
今回の個展では、大きく2つのモチーフが取り上げられている。
1つは、亡くなった父親の背中である。記憶の中の父親の背骨のでこぼこをイメージし、FRPでボートの船底にした彫刻作品である。作品は大きく、ギャラリー空間の正面に立てかけられている。
船底の中央を船首から船尾にかけて縦に背骨のように通っている重要な部材を竜骨というが、その船の部材を、自分の父親の背骨の形にしたという、シャレのような作品である。
船の構造と、クジラなど海の哺乳類、人間の体の構造が結びついたアナロジーからは、詩的な印象も受ける。
ボートの彫刻作品のほかに、実際に湖に浮かべて撮影した美しい写真作品が展示されている。
ボートの上下を反転させ、竜骨が水面に浮かぶ写真は、背景と対応するような山並みにも見えるし、水面に浮上したクジラの背中にも見える。また、水中から撮影された作品は、まさにクジラのしなやかな体のように見える。
中野さんにとって、この背骨の形は、介護をしていた最後の父親の記憶でもある。
もう1つの作品は、構造物を水上に浮かべるブイの作品で、実物と映像作品が展示されている。映像は、三重県南部の宮川の上流で、中野さん自身がこのブイを浮かべる様子を撮影している。
ブイの一番上に角張った宮川の石が載っている。通常であれば、河原の岩片は、角が削れながら下流へと流れていくが、このブイで運ばれる石は、角が取れずに上流から下流へと移動していく。つまり、作品は、石が角張ったまま、下流に流れていくためのブイである。
角が削られない分、別の重さを減らさなければいけないということで、ご丁寧に、このブイは、移動しながら、砂時計のように砂を落下させていく。中野さんは、このように、素朴な発想と遊び心で、どこかばかばかしい試みを真剣にやっている。
映像作品を見ると、中野さんがとても神妙な表情で、ブイを放流している。それは、自然の営みに関わりながら、それを逸脱させる新たな風習、厳粛な儀式のようでもある。
ゴツゴツした岩片を変形せずに下流へと運ぶ砂時計型のブイ。それを上流から流すという、行為自体は意味のない遊びのようなものだが、自然に対する新たな象徴性、実感を帯びているところが、人間にとって儀式とは何かをも考えさせる。
その他、歪んだ原稿用紙に作品の背景が書かれた作品や、砂時計と川石を使った立体も展示されている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)