L gallery(名古屋) 2021年11月13日〜12月5日
中田由絵
中田由絵さんは1976年、名古屋市生まれ。1999年、名古屋芸術大学美術学部卒業、2001年、京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。名古屋市を拠点に制作している。
大学、大学院では版画を中心に学んだ。中田さんの作品は折々に目にする機会があったが、近年は、L galleryでの個展、グループ展で見ることが多い。
かつては「版の思考・版の手法」など、意欲的な取り組みをしていたグループ展に出品していたこともあった。現在、制作の中心は絵画である。
自然、とりわけ、植物を中心にチョウや鳥、風景、人物を織り交ぜたイメージである。L galleryでの2017年の個展でも、植物的な形象を配した柔らかな絵画空間を創出していた。
筆者は見ていないのだが、資料によると、2019年の織部亭(愛知県一宮市)の個展では、キノコや鳥、虫などの写実的なドローイングで意表を突く展示もしている。
今回は、従来の絵画からつながる展開で、一段の進境を見せている。 透明感のある穏やかな岩絵具の色彩が心地よく、アクリルガッシュの線描がとてもきれいである。
絵画に加え、新たに取り組み始めた陶の作品も見どころである。植物や動物というモチーフとイメージ、形態へのアプローチが変わったようにも思う。
“うぶかた”
中田さんの作品に、以前からある意味でグラフィック的、装飾的な要素が見て取れるのは、創作のベースに版画があるからかもしれない。
作品を見ると、伸びやかでありながら、勢いに任せて描いているわけでないことがよく分かる。
植物などの形態を大きく捉えながら、記号化し、均質化しているが、そのまなざしは、いたって繊細で精緻である。
中田さんの創作において、特徴的なのは線である。曲線を中心に一部は、グリッドなど幾何学的な直線を交え、全体を構成している。
英国式庭園に大きな影響を与えた造園家、ウイリアム・ケント(1685年~1748年)は「自然は直線を嫌う」と語ったが、中田さんの作品を見ると、曲線がとても美しく、それがそのまま自然への深い愛と洞察になっていることに気づく。
支持体の矩形や、直線によって、曲線の豊かさが強調され、絵画空間に動感を生みだしている。
自然の中に分け入るようにしながら、ダイナミックかつ微視的に世界を見ているようである。
何年か前の作品では、植物的なイメージが装飾性をもちながらも、物語的な世界に導き入れるように描かれていた作品もあった。
線や形が放縦、過密に重なり合うというよりは、むしろ、風が吹き抜けるような空隙があって、植物や山、雲などをイメージした線が相似的につながっていくような印象があった。
図と地が反転するような感覚を誘いながらも、なおも、さまざまな形象が広がる1つの空間だった。
それが次第に、幾何学的な形と植物などのイメージの透明感が増して、レイヤーが重なる印象が強くなる。
今回は全体に、自然を暗示する形象を抽象化する方向に進んでいるようにも見える。
線がよりシンプルに、精妙なバランスで描かれているので、よりいっそう、そうした印象を受け、スタイリッシュである。作品によっては、ミニマリスティックといってもいいほどである。
動植物などの形が分析的に捉えられ、そうした立体感や構造、カーブ、動感を精緻に捉えていることが分かる。
それは、記号化された世界といってもいいし、もっというと数理的な印象さえ与えるものである。
色彩は限定され、混じり合うことはない。柔らかくも、明瞭に塗られ、洗練されている。
同時に、透明感のあるレイヤーの重なりによって空間が多層化した作品も見られた。
羊の角の形を数学的なプロセスによって立体化してから、それを平面に描き直した作品もある。
あるいは、植物のつる(茎)の形を分析的に捉えて陶にし、壁にレリーフ的に展開した作品もある。
植物の形態を通じて、立体と平面の概念を往還しているような作品だが、白いラインがとても美しい。
中田さんの作品は、植物や動物など自然に対する慈しみ、生きとし生けるもののつながりが感じられる作品である。
同時に今回は、自然の形態への探究、自然の摂理への関心が、より深まったのではないかと感じられた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)