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motion#5 愛知の3美大の若手作家展 名古屋市民ギャラリー矢田で10月25日まで 

名古屋市民ギャラリー矢田 2020年10月14〜25日

motion#5 愛知の3美大の若手作家展 名古屋市民ギャラリー矢田で10月25日まで 

 愛知県にある名古屋芸大、名古屋造形大、愛知県立芸大の3大学の実行委が、在学生、卒業後10年程度までの若手を2人ずつ選出した現代美術展である。

 計6人が広い空間に臆することなく、果敢な展示をしていた。若い感性、新たな発想、問題意識で発信し、刺激的なグループ展になっている。

 作家の選定などオーガナイズは、名古屋芸大が松岡徹さん、名古屋造形大が佐藤克久さん、愛知県立芸大が安藤正子さんである。

 会場で配られるQRコード一覧から、各アーティスト自身による作品紹介のトーク動画が見られる。鑑賞には、とても参考になる。

名古屋芸大 下家杏樹 浅野克海

下家杏樹

下家杏樹

  下家杏樹さんは、2020年、名古屋芸大大学院修了。NODA CONTEMPORARY(名古屋)で、 2020年9月25日〜10月17日、個展を開いた。

 トーク動画によると、もともと漫画が好きだが、ストーリーを考えるのではなく、漫画でいえば一番感動できる起承転結の「転」の部分を絵画作品にしているイメージだという。

下家杏樹

 漫画の中の物語が動く瞬間、感動の瞬間を捉えたような作品である。

 子供の頃から、新聞の折り込みチラシの裏面のツルッとしたところに自由に絵を描いていた。それと比べると、油絵具の扱いには苦戦したという。

 大学に入った後、漫画、イラスト、油絵、アニメーションを分けるのでなく、それらを統合する方向へと進み、油絵に改めて挑戦した。

下家杏樹

 油絵具の古典的な技法を使うことで、昔と現在をつないでいる。

 自分の中の小さな感動、衝撃を増幅させて、モチーフにしている。

 作品については、NODA CONTEMPORARYの個展のレビュー記事「下家杏樹 だれにもナイショで展 ノダコンテンポラリー(名古屋)」を参考にしてほしい。 

浅野克海

浅野克海

  浅野克海さんは、2020年、名古屋芸大卒業。

  独特の作品で、とても面白い。

 トーク動画によると、「人間とは何か」「人間のアイデンティティーとは何か」を、人間に近づけたAIロボットを通して探っている。

 作品に登場するソフィアという女性像は、香港の企業が開発したAIロボット「ソフィア」を象徴する存在として描いている。

浅野克海

 もともとは、そのソフィアの発言、行動を作品のモチーフにしていた。最近は、人間らしい行動をソフィアにさせるという設定で、人間のアイデンティティーを探っている。

 「あっ!」「へ〜!」「ムスっ!」「んなっ!」「ん?」「あはははっ!」「ベーっ!」などのタイトルのついた連作では、ソフィアがそうした感嘆詞を発するときの表情を描いている。

 また、「私は、よく本を読みます。」「私は、緊張しています。」「私は、音楽を聴くことが好きです。」「私も、最近は、暑すぎると思います。」などのタイトルがついた作品シリーズでは、ソフィアがそうした人間らしい発言をするときの表情、人間らしい行動をしている姿をモチーフにしている。

浅野克海

 大量の油絵具を伸びやかに細い面相筆で引きながら、おびただしい線を重ねていく。混沌とした中に、表情をつかんでいくのが、とてもうまい。

 こうした方法をとることで、AIロボットが高いエネルギーを持っている状況を表現するとともに、合理性を追求するAIにはない人間らしさ、人間のアイデンティティーを提示している。

名古屋造形大 森正響一 西川真雪

森正響一

森正響一

  森正響一さんは、2020年、名古屋造形大を卒業。

 森正さんは、ロボットアニメが好きだったといい、それをそのまま作品世界と接続させている。

  トーク動画によると、ロボットアニメに出てくるようなロボットの新しい感覚、いまだ文化として定着していないイメージを、古来続いている焼き物という方法で制作している。

森正響一

  ロボットアニメという空想の世界を、現実の陶器の技法、釉薬で再現する発想が面白く、焼き物の素材感を残しながらも、それを超越して未来的、虚構的なイメージへと変換している。

 造形した後、釉薬を重ねるなどして、細部をぼかし、均質なもの、曖昧なものにすることで、逆説的にシルエットのようなイメージを強くしている。

森正響一

 特に、床に大量のロボットが並ぶインスタレーションは圧巻の迫力である。それぞれの形態を見ていくのが楽しい。

 同じ形態、雰囲気にならないよう、造形、動感にこだわりつつ、釉薬によって外観を統一することで、イメージの違いを強調した。

 自分にとって大切なもの、好きなものを素直に作っていく姿勢にも共感できる。

西川真雪

西川真雪

  西川真雪さんは、2018年、名古屋造形大学を卒業した。

 トーク動画によると、西川さんは、大学を卒業後、普段は会社で働いて、帰宅後か休日に制作しているという。

 気張らず、自分にできる制作の可能性を自然体で追求している。

西川真雪

 さまざまな支持体、素材、イメージ、言葉を壁に軽やかに展示している。たどたどしい細線によるドローイングなど、作品は謎めいている。

 トーク動画でも、作品については、ほとんど語られていないが、ドローイング、テキスタイルを使った表現など、いずれも不安げで、明確な主張を回避しつつ、見えない社会と折り合いを付けていこうという距離感、浮遊感が特徴になっている。

西川真雪

 

愛知県立芸大 川西里奈 押谷藍花

川西里奈

川西里奈

 川西里奈さんは、1997年生まれ。愛知芸大の油画専攻3年に在学中である。

 とても、興味深い平面作品を作っている。筆者は初めて見たが、まだ3年に在学中ということで、今後が楽しみである。

 1つの絵画に、さまざまな要素、例えば、グリッド構造、線の表現、形象と地の関係、複数のレイヤーを盛り込みながら、しっかりまとめ、ユーモアと強度がある。

 あるレイヤーのイメージの部分が別のレイヤーの違う部分になっていくような見え方の面白さを含め、見ていて飽きない。

 展示は、平面に立体、半立体を絡め、相互に関連を持っている。荒っぽく見えても、絵画空間、展示のあり方などがよく練られている。

川西里奈

 トーク動画によると、自分とその日常について描いている。絵の中によく出てくる顔は全て自画像で、他のモチーフは部屋の中にある物だという。

 自画像は、とても簡略化されていて、記号化されると同時に曖昧化されている。

 環境や感情が短いスパンで変化するため、自分の作品については、まだ決めかねているという。

 のびのびと勢いよく制作しているようだが、センスの良さを感じる。

押谷藍花

押谷藍花

 押谷藍花さんは、1999年生まれ。愛知芸大の油画専攻3年に在学中である。

 とても、パワフルで、面白い作家であり、コンセプトと構成がしっかりしている。

 写真、動画、インスタレーションなど、幅白い展示手法を使っている。

押谷藍花

 トーク動画によると、幼い頃から影響を受けてきた童話や物語、アニメ、アイドル、絵画などから、美しさや女性性のステレオタイプになっているモチーフを抽出する。

 それを逆説的に取り込みながら、自分のコンプレックス、欲望を生む内面の社会規範を俯瞰的に見て、その構造を滑稽なパフォーマンスにして作品化している。

 押谷さん自身が、フィクションの中の完璧な美しさ、女性性を求めてきたが、あるとき、そうした社会規範、価値観が、弱いもの、醜いとされるものを排除することの暴力性に気づいたという。

押谷藍花

 自身の醜さを意識する自分が、今度は、そうした眼差し、排除性を他者に向ける。人間は、美を愛でることで何を排除するのか、そうした暴力性はどこから来るのか、なぜ人はそれを盲信するのか——。

 作品の1つが、処女であり母であり娘であることで、完全な美しさを象徴するピエタ像の聖母マリアをモチーフにしたスナップ写真の連作。その姿をパロディとして自分が真似ることで、退廃した自分の生活、サブカル的なものに囲まれた日常、鬱々した自分、コンプレックス、歪みを重ねている。

 別のセルフポートレート写真のシリーズでは、不美人の自分はすべきではないと考えたアイドル的、美的、コスプレ的な格好をして撮影している。ここでも、敢えて自分が美しくなるよう振る舞うことで、自画像の中に現れてしまう滑稽さ、醜さへの暴力的眼差しを浮かび上がらせる。

 自分自身をモチーフに、キリスト教美術などのプロパガンダ効果を狙った要素をキマイラ的に盛り込んで、権威化した彫刻もある。

 これは、押谷さんがパフォーマンスをするときの舞台装置のような作品で、権威化した自画像彫刻の横には、ウエディングドレスを着た等身大の押谷さんがパフォーマーとして座る。

川西里奈・押谷藍花の共同のインスタレーション

 川西さんと押谷さんの作品を展示したそれぞれの部屋の間にある1室には、2人によるインスターレションが展示されている。

川西里奈
川西里奈、押谷藍花
川西里奈、押谷藍花

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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