気鋭のアーティストとして人気の小松美羽さんの個展「DIVINE SPIRIT〜神獣の世界〜」が2019年6月29日、愛知県の一宮市三岸節子記念美術館で始まった。8月18日まで。初日には、ライブペインティングとサイン会が開かれ、熱烈なファンが詰め掛けた。コンセプトは「大和力を、世界へ。」。「神獣」や「守護神」を題材にエネルギッシュな絵画や陶器への絵付けで独自の美意識を発信している。世界中で活発な活動を展開させ、ファンを動員する魅力と作品の背景を読み解いた。
午前10時。美術館ロビーに用意されたライブペインティングの会場に、白装束の小松さんが静かに現れた。客席には、定員となる約100人の観衆。午前9時の整理券配布時には定員を30人ほど上回る列ができていた。早い人は午前4時ごろには並んだといい、浜松市や神戸市など遠隔地から訪れた観客もいた。
壁には、既に黒い地のキャンバスが据え付けられている。その前に立った小松さんが描くときに絵の具を取りやすいよう、絵の具チューブは画面の前の床に扇形に並べられている。小松さんは神秘的な音楽の中、キャンバスの前に座り、精神を統一して瞑想するかのように前方をを凝視。手を合わせて深々と二回、礼をすると、一気に描き始めた。
チューブから、金、銀の絵の具をキャンバスに出し、筆で縦方向に伸ばす。続いて、緑、橙、紫、白色など他の色。絵の具をキャンバスに投げつけ、手を使って一心不乱に描いていく。絵の具がなくなったチューブは後ろに放り投げる。縦線、円、飛沫などで次第に画面が埋められ、イメージが生起してくる。刷毛で画面を叩く。余った絵の具を手でかき取る。
チューブからそのまま出した絵の具が強い線となり、絵の具を飛ばした飛沫が画面に動勢を加える。エネルギッシュで、色彩も豊か。華奢な体で画面と格闘している感じだ。白装束は巫女のようだし、腰に筆を差す姿は侍のようでもある。完成後のコメントがあまり聞き取れなかったのだが、闇と光、生命力とエネルギーの循環、物質などが鍵語と言えそうだ。
小松さんは1984年、長野県坂城町生まれ。女子美の短期大学部を卒業しているから、三岸節子とは女子美つながりでもある。最初に銅版画が注目され、2014年には、出雲大社への作品の奉納で注目を集めた。有田焼の狛犬作品が英国大英博物館に収蔵されるなど、海外でも活躍している。「ギャラリー」(2019年6月号)に掲載されたインタビュー記事「cover story」によると、小松さんは米国クリーブランド美術館やイタリア・ベネチアなど海外を飛び回っている様子。この記事のタイトルは「今、世界で評価され続けているアジア人作家」である。記事には、長野県の自然の中で育ち、幼いときからスピリチュアルな世界を感じ取った、とある。この日も、司会から、長野で看取ってきた生き物の死とそれを司る神が主題となったとの説明があった。
「ギャラリー」誌によると、在学中の出世作「四十九日」(2005年)は、間近に起きた祖父の死をきっかけに制作された。神獣などの幻想的なモチーフは現実と乖離した空想の産物ではなく、肉親の死に根ざしたもので、単なるファンタジーではない。見えない世界を幻視する巫女のような存在として想起されたイメージを具象化する。そうした精神的世界をほとばしる色彩、ダイナミックな描法、しなやかな線でポップに表現しているのがこの作家の資質なのだろう。
二階の2室を使った展示は充実していた。大きな第1展示室では、キャリアの初期となる2004、2005年ごろの銅版画から、2014〜2018年ごろのアクリル画の近作、そして小ぶりの第2展示室を中心に並べた2019年の最新作まで、この作家の流れを知るバランスの取れた展示となっている。小松さんが「色のない銅版画から始まり、色彩の世界へ行って、もう一度白黒の表現に挑んでいる」と語っていたように、一時のほとばしる色彩から、最新作はモノクロームの世界に回帰している。
先に触れた「四十九日」をはじめ、2004年、2005年ごろの初期の銅版画は、鋭い線のタッチを稠密に重ね、キャラクタライズされた神獣が表現されていて、アニメーションやゲーム的なものとの関連が指摘できなくもない。多くは、龍、山犬様、獅子、狛犬、麒麟、お蚕様など、神獣(霊獣)、守護獣、あるいは神様として神聖視されたカイコなどが題材。ユニークなところでは、架空の物語の登場人物を獣として描いた「真田獣勇士の想い」(2014年)、金地の六曲半双屏風「神獣の世界〜狛犬雲〜」(2017年)がある。
アクリル画や銅版画で丁寧に引かれた神獣の体の線描は、小松さんの作品の特徴の一つになっている。同誌によると、ライブペインティグで使う筆は、書家だった祖父の遺品だという。虹彩部分に線が放射状に描かれた大きくシンボリックな目も、小松さんの絵によく見られる。神獣など画面を構成する要素の力動感、宗教画っぽい金色も際立つ。今年の最新作では、円形や三角形、台形のシャイプドキャンバスが多く使われていた。中でも、蠢く神獣を白黒で描いた「聖門」のシリーズが重要な位置を占めている。
「人間の魂を聖なる世界へと導く作品」「祈りのレベルを上げる」ことに主眼を置くという小松さん。こうした精神主義を日本やアジアの伝統的価値と結びつける発想には、時計を逆回転させるとみる向きもあるかもしれない。「ギャラリー」誌には、チームワークとプロデュース力による戦略が小松さんの活躍を支えているとの趣旨の記述もあった。パフォーマティブな存在感や、アウトサイダー的な雰囲気、イメージのアニメーション、ゲームとの近縁性などがライブペインティングや作品を見た感想である。
それでも「神獣」という題材を迫力ある画面に描ききっている力量はかなりのものである。グローバリズムと科学技術の進歩による不透明な未来、経済格差による不安と孤立を誰もが感じ、人間性が問い直されている中で、この時代の空気を大きく吸い込んだ表現であることは評価されていいのではないか。