Lights Gallery(名古屋) 2020年12月18、19、25、26、2021年1月8、9日
釣光穂 Shut eye to see you. Lights Gallery
釣光穂さんは1991年、兵庫県出身。2014年に京都市立芸術大学美術学部工芸科陶磁器専攻を卒業し、2016、京都市立芸術大学美術研究科修士課程工芸専攻陶磁器を修了した。
編み物のような陶芸作品を作っていて、筆者は、初めて作品を見て、とても興味を覚えた。
若いが、発表歴がかなりあり、2017年には、「第7回菊池ビエンナーレ 現代陶芸の<今>」(菊池寛実記念智美術館)の奨励賞を受けている。
陶器なのに編み物のような、しなやかさを感じさせる存在感から、人気なのだという。
写真でも実物でも、編み物作品と見間違えるほどである。
編み物のたわみのような感じも見事に再現している。
もっとも、陶芸なのに編み物に似ているから、すごい!と言いたいわけではない。
筆者が面白いと思ったのは、陶芸の基本的な成形技法「ひもづくり」を応用し、「編む」という人間の原初的な生活行為に接続させていることだ。
粘土を手で細いひも状にし、撚り合わせたものを積み上げる。陶芸と手芸が融合している。
焼き物のひもづくりでは、普通は、ひも状にした粘土を重ねていった後、表面と裏面を滑らかにするはずである。
釣さんは、それをしないで、むしろ、ひものテクスチャーを、よりリアルにする。
糸の撚りや、繊細な膨らみ、重なりはもちろん、ひもを途中でつないでいるときの結び目なども再現している。
これは、もう超絶技巧というほかない。
少し比喩的な言い方をすると、土の素材感が、超絶的な技巧によって、編み物の素材感に転化しているのだ。
技巧的な能力のある人は、何の分野でもいる。
ただ、多くの場合、装飾のためか、作品のコンセプトのために、その技巧が使われる気がする。
一般には、ひもづくりは焼き物の成形方法だが、釣さんの場合は、それに留まらない制作の原理である。
ひもづくりの応用技法が、成形のためであると同時に、「編む」という行為そのものと一体化している。そこが注目すべきところである。
そして、その「編む」というのは、旧石器時代までさかのぼる人間の暮らしのための行為である。
編む行為の初源的な事例として、日本でも、縄文時代(中石器時代から新石器時代)に漁網が編まれていたと、ウキペディアに書かれてあった。
そして、焼き物も、日本の縄文土器に見られるとおり、世界中の各地で人間の歴史とともに作られてきた。
いわば、釣さんの作品は、生活を豊かにするための、土をこねる、糸を編むという原始的な手の動きが融合しているのだ。
人間が、大昔から行ってきた手と素材との関係、その時間をとても大切にしていることが作品から伝わる。
糸を編むことで物が完成する「編み物」と、形を作った後に窯の中で焼成することで初めて完成する「焼き物」の過程がつながっているのにも、興味をそそられる。
つまり、編むように成形した繊細な形がそれだけでなく、焼成する過程をたどって、初めて作品になるのである。
このコントロールできる部分と、できない部分の兼ね合いは、どうなっているのだろうか、気になる。
このあたりの緻密、繊細なプロセスは、本人しか分からないところである。
つまり、土から陶へという焼成過程の物質の変化や収縮などを受け入れつつ、編み物の素材感、質感、雰囲気を創出する、そのあんばいは、とても繊細だと思う。
作品は、器物(実際には、器風のオブジェというべきであろうか)のほかに、壁に掛けるリース、額縁などのオブジェ作品がある。
本人に取材できていないのだが、他のWEBサイトでの本人の説明によると、縄文土器、弥生土器や、古墳時代から平安時代まで作られた須恵器などの器の形をモチーフにすることが多い。
洗剤や調味料などの容器、公園の遊具、信楽のタヌキ、薬局のケロちゃんなどを制作したこともあるとか。
釣さんの作品は、コンセプチュアルでもあるので、制作する対象によって違う意味をまとうことがあるかもしれない。
今回、展示された作品のモチーフは、器、あるいは装飾的なオブジェという手仕事的な物なので、焼き物と編み物をつなぐ作品として、理解しやすい。
プラスティック製品、日常的に消費される日用品などをモチーフに制作するとなると、解釈も違ってくるだろう。
古い日本家屋を生かした空間に、釣さんの作品がとても合う。あえてライティングをしない中、時間とともにうつろう陰影が作品の魅力に寄り添っていた。
その一方で、天井から吊り下げたモビールのようなオブジェに光を当て、影を楽しめるようにした作品もあった。
展示の仕方も1つ1つ工夫を凝らすなど、見どころは多い。
筆者が最も惹かれたのは、焼き物と編み物という古くから人間が取り組んできた普遍的な造形手法が融合し、暮らしに関わる手仕事の価値を改めて伝えてくれることだ。
それは、美しさ、温かさとともに、家庭的な手仕事をすることの楽しさや懐かしさの感覚、幸福感、知恵である。
器の形や、編み物の表情が、古来、人間が続けてきた生活の中のささやかな営みを想起させる。
横浜美術館で「世界を編む」展 が開催された 1999年に、釣さんが作品を発表していたら、間違いなくお呼びがかかっただろう。 |
この展覧会は、「編む」という家庭内で行われてきた単純な技術に、芸術性という視点から光を当てるものだった。
「編む」作品には、完成までの手仕事の痕跡が時間の流れとともに残っている。もっと言えば、その痕跡そのもの、そのつながりの集積が作品である。
ここに、手仕事の意味を問い直し、陶芸、手工芸という既成の分野を超える釣さんの制作の新しさを感じる。
こうした伝統的な、人間が暮らしの中で培ってきた手仕事は、年を重ねるごとに深みを増し、体に染み込んでいく。
そんな豊かさへの懐かしさ、憧れを感じさせる、心和らぐ温かい作品である。