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松本幹永展 ガレリアフィナルテ(名古屋)で2024年11月12日-12月7日に開催

ガレリア フィナルテ(名古屋) 2024年11月12日〜12月7日

松本幹永展

 松本幹永さんは1963年、愛知県生まれ。1985年、名古屋芸術大学美術学部洋画専攻卒業。1990年代から、愛知県一宮市のギャラリーOH、織部亭などで作品を発表。

 2019年には、自身が家業を営む「日本料理 寶樂」(愛知県一宮市)で「公器の庭」と題したグループ展を企画した。近年は、岐阜市のなうふ現代で個展を開いている。直近は2021年の個展である。

 1990年代は、主にミクストメディアによる大型立体を制作し、その後、絵画作品を見る機会もあった。2021年のなうふ現代の個展では、平面や、鉄の棒を溶接したオブジェ、舟の形を模した大型の立体などで展示空間を埋め尽くようなインスタレーションを展開した。

2024年 Somewhere not here. Not somewhere,but here.

 今回は、平面作品のみの展示である。木製パネルを自分で作り、基底材を塗って、ステンシルでアクリル樹脂のドットを載せるなどした後、ひたすら3Dペンを使ってPLA樹脂の線を引く。

 盛り上がるような有機的な線で描かれた作品である。一見、刺繍のようにも見えるが、環境に優しい植物由来のPLA樹脂。3Dプリンターの造形材料として使われるバイオマスプラスチック素材だ。

 松本さんは、このPLA樹脂を以前から平面作品で使っていたが、粗いタッチでアクリル絵具と併用していたこともあって、それほど目立たなかった。

 今回は、画面全体を覆うように、PLA樹脂を巧みに使いこなしていて、これまでの松本さんの絵画にはなかった繊細な印象が際立っている。チープな印象とそれだけではない洗練さがある。

 モチーフは植物や風景、日常生活の個人的な場面などで、おりのように記憶の底にあったイメージをすくい上げるように描いている。

 3Dペンでは、熱せられて溶解した樹脂材がペン先から出てくるが、描くときは、そのペン先がゆっくりとしたペースで、あたかもナメクジが画面を這うように画面から離れないまま進んでいく。1つの色の樹脂材で描き始めると、ひと筆がきに近い感じで、どろっとした線が引かれる。

 家業の仕事でまとまった制作時間が取りにくい松本さんにとっては、編み物のように、ニッチな空き時間で描けるメリットがあるらしい。PLA樹脂は、作品や状況に応じて多様な素材を使う松本さんのブリコラージュ的な思考が反映した素材なのだろう。

 作品は、いつくかのパターンがあって、それぞれに興味深い。細い線でイメージの輪郭をきれいに引いた透明感のある作品や、画面を稠密に線で埋めて砂絵のような印象がある作品もある。太めの線から極細の線まで微妙に変化させて表情を出している。

 黒字にカラフルで多様な線やドットを散りばめた作品や、細い白線だけでレースのようにシックに表現している作品もある。支持体のパネルを焦がした作品や、奥のレイヤーに格子模様を加えているものも。

 個展のタイトルには「Somewhere not here. Not somewhere,but here.」とある。この「ここではないどこか、どこでもない、ここ」というタイトルは意味深である。

 松本さん自身の人生、あるいは、人間の人生そのものについて語っているように思えるからだ。人は誰しも、自分を「その他大勢の人」とは違うと思い、自分がいる世界から離れ、羽ばたきたいと願って人生を過ごしつつ、結局、そうした「自分」探しをしても、見果てぬ夢に過ぎなかったのではないかと気づくときが来る⋯。

 還暦を過ぎた作家は、年齢を重ねることで、裸になった人間のいのちの本質は誰もが同じである、と気づいた。そして、「自分」だと思っていたさまざまなものを手放していったときに、自分がこの宇宙空間でたった一人の自分でしかない、ただそのことだけの尊厳があることを悟ったのである。

 逆説的だが、人間は自我を離れたときに本当の自分が現れるのである。それを仏教では仏性という。そう考えると、今回の作品の見え方も変わってくるのではないか。

 それこそが、人間社会の中の意味、解釈、評価など、自分探しや承認とは違う、いのちの根源に触れることである。

 会場の奥に「セノーテ」をモチーフにした半立体作品がある(DMに掲載された作品)。セノーテとは、メキシコのユカタン半島北部に点在する洞窟内の泉である。陥没穴に地下水が溜まった天然の井戸や泉のことで、神秘的な異次元の空間である。

 セノーテについては2019年、愛知県美術館オリジナル映像作品の28作目として発表された小田香監督の「セノーテ」(2019年、75分、デジタル)の記事があるので、そちらもぜひ参照してほしい。素晴らしい映像作品である。

 松本さんのこの半立体作品では、鑑賞者は、不定形の形状とPLA樹脂の線が密集する外観を見ることはできるが、正面に穴が開いていて、中はまさにセノーテのような真っ暗な洞穴である。

 松本さんは、社会の中で生きてきた自分、つまりロゴス(言語、論理、構造)の世界とは別に、今、いのちのピュシス、自然そのものという大きなテーマに、「どう生きるか」という課題とともに近づいているのではないだろうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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