Gallery 芽楽(名古屋) 2024年11月16日〜12月1日
柴田麻衣
柴田麻衣さんは1979年、愛知県生まれ。名古屋芸術大学卒業、名古屋芸術大学大学院美術研究科造形専攻同時代表現研究修了。
2013年のVOCA展で奨励賞を受賞。2019年に名古屋・ヤマザキマザック美術館での「情の深みと浅さ」に参加。2023年には、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で始まった愛知県の若手アーティスト支援のための作品購入の一環で、愛知県美術館に作品が展示された。
版の思考をベースに、レイヤーを重ねるモンタージュ的な空間構成によって、意味の連続性を超えた豊かな絵画世界を創出させる作家である。
絵画の形式とともに、テーマへの思い入れが強く、毎回、硬派な問題意識によって制作しているのも特徴。この世界にどう向き合うかを真摯に自身に問うているのだ。
近年の芽楽での個展のテーマを振り返ると、2023年の個展ではロシアによるウクライナへの侵略、2022年は危機的な地球環境、2021年は宗教と不寛容、2020年はユダヤ人迫害、2019年は先住民族の文化喪失。そして、今年のテーマは資本主義である。
-capitalism- 2024年
これまでの柴田さんの作品では、自分が訪れた土地で体験した風景や風土、つまりは旅やそれに伴う歴史への関心が土台になっていることが多くあった。
そこから、テーマを掘り下げ、マクロ的まなざしとミクロへの探索、過去と未来を行き来し、版の思考をしのばせながら、ポリフォニックにイメージを共存させていく。
今回の主題となる「資本主義」は、これまでと比べていささか抽象的なテーマということもあって、《補助線》として、映画「ノマドランド」を取り上げている。
2008年のリーマン・ショック後、経済危機が世界的規模で広がる中、米国で家を手放すことになった高齢労働者の漂流を描いた作品である。劇映画ではあるが、原作はノンフィクションの『ノマド 漂流する高齢労働者たち』である
彼らは車上生活をする「ワーキャンパー」として、アマゾンの倉庫や農作物の収穫作業、キャンプ場の清掃管理など短期の季節労働の仕事をつなぎながら生きている。同じ境遇の仲間と情報を共有しながら支えあい、荒廃した資本主義の底辺を漂流しているのだ。
柴田さんは、こうした資本の増殖に伴う経済格差、貧困、長時間労働や、効率優先の経済による自然破壊、異常気象、そして人間性や精神の喪失などを多くのイメージによって描いている。
作品のタイトルは全て「capitalism」。そして、それは、単に「ノマドランド」からの引用ばかりではなく、働きながら家事、育児と両立させながら制作を続ける柴田さん自身の経験も反映させた世界観である。
とりわけ印象深いのは、縦1.12メートル、横4.68メートルもの長大な大作である。雑草に覆われた、殺伐とした風景が横方向に反復されるように広がる画面である。
パノラミックな空間は荒涼たる世界そのもので、そこに高齢者たちが寝泊まりする自家用車や、バーコードが描かれている。
繰り返し描かれるバーコードは、流通や商品管理など、モノに関わるさまざまな情報を含むという意味で、資本主義のアイコンである。アマゾンの巨大な倉庫で、ノマドの高齢者たちは、バーコードリーダーを手に集配ロボットのように働き続けるのである。
今回の個展では、画面に集められたイメージが実に多様で、一見、資本主義との関係が単純でないものもある。
過去の個展では、どちらかといえば、連想されるイメージによって、全体の風景パターンを構成する趣だったが、今回は、より自由にイメージがモンタージュされている印象だ。
室内の中に、画中画のような多層構造がつくられ、沈んだ色彩の中に、切り取られたようにリンゴ園が描かれているかと思えば、冷徹な鉄格子の向こうに樹影が見える作品もある。
あるいは、闇のように浸潤する黒の世界に対して、鮮やかな緑の木々、草むらが毅然として存在を守っているように見える作品もある。
資本の果てなき増殖、欲望のダークサイドに対する、生きとし生けるものの決死の抵抗の姿のようにも筆者には見えた。
抽象度が増しているだけに、作品と鑑賞者の想像力との交感が求められるのだが、この新たな展開によるイメージは斬新である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)