L gallery(名古屋) 2023年5月13〜28日
小澤香織
小澤香織さんは1981年、浜松市生まれ。2004年に名古屋芸術大学を卒業した。近年では、2019年にL gallery、2020年に岐阜市のなうふ現代で個展を開いている。
生活、制作の拠点は愛知県常滑市である。同市内で、2023年1月初めごろ、転居した。海の近くに移り、歩けば15分ほどで砂浜だという。
自分が生きている環境、足元から制作している。また、できるだけ、素材そのものに手を入れず、その来歴が分かるような作品が特徴である。計らいを少なく、与えられた物、到来したもの、不意に起きたことをそのまま受け入れていくのだ。
その意味で、生活している場所、制作拠点の変化は、作品に大きな影響を与える。環境から授かったもの、偶然に出会ったもの、存在の偶然性、ある種、「他力」といっていいものによって、作品が現れる。
前回のなうふでの個展タイトル《far and near》にも、そんな小澤さんの制作意識が明確に現れていた。自分の近くに思いがけず在るものが、遠くにあるもの、つまり、宇宙や世界に通じる。そんな思いが作品を貫く。
筆者は、小澤さんの作品を古くから見ているわけではないが、ポートフォリオ資料をめくると、近年、外から来訪したもの、偶然に出会ったものへの感覚が研ぎ澄まされている気がする。
以前にも増して、人から譲り受けたもの、不要になった物、合理的な経済社会では役目を終えた物、拾った物や、ごみなどが作品の素材になるのは、そのためである。
自宅で出会った昆虫の死骸、花なども素材となる。それは、此岸から彼岸に向かうもの、つい最近まで小澤さんと同じ生活空間に存在していた命である。
今回は、海での漂流物や、プラスチックのリサイクル工場で入手したものなどが素材になっている。
Secretion 2023年
砂浜に流れ着いたプラスチックなどのごみ、ロープや網、貝殻、動物の骨…。さまざまなものを彼女は、そのままに受け止めている。
砂浜に立ったときの自分の足元の砂、貝殻、ごみなどの漂着物をそのまま転写して樹脂で固めた作品が今回、数多く展示されている。プラスチックの色に合わせて着色して、コーティングしたものもある。
また、海岸にあったロープや網、プラスチックごみなどを円形に固めたり、タワーのように積み上げたりした作品もある。
あるいは、浜松市のプラスチック再生工場から出た不要物を、ペレットや、射出成形機の残り滓などのかたちで、もちかえっている。これらは産業廃棄物である。整形された有用品から、はみだした形なき形である。
小澤さんは、それらを積み上げたり、球体に固めたりしている。
すべてが自分で集めたものであるが、それらは、同時に自然から贈られたもの、あるいは、捨てられるはずのごみを引き受けたものである。
このように不要な物を受け取ることは、そうした対象物が、不要物、ごみ、砂、貝殻、流木、死骸なのだから、「死」との対話と言ってもいい行為ではないかと思う。
以前から、筆者は、小澤さんの作品に「弔い」のような感覚を感じていた。「死」との対話は、はるかな過去や、大きな世界への思い、つながりの感覚、つまりは、優しさや、利他の精神に通じる。
今回、小澤さんは、個展のタイトルを「分泌物」( Secretion )にしている。分泌とは、体の中の見えないところで、細胞から、自分の意思と関係なく、繰り返し放出されるものである。
海が近い場所に引っ越し、海岸を歩くと、さまざまなものに遭遇する。それらは、やはり自分の意思で来たのではなく、寄せては返す波によって、どこか遠くから漂着したものである。
流れてきたものは、この海岸を選ぶことなく、そこに、ただ在る。
そして、存在したものは、また波にさらわれ、どこかへと消えていく。そのものの意思とは関係なく現れ、また、形を変えながら、どこかへ流れていくのだ。それを「輪廻」といってもいいかもしれない。
この世界は、どこからともなく訪れ、どこかへ去ってゆく無数の、偶然の物によって成り立っている。
美しく、それでいてグロテスク、はかなく、それでいて永い時間の流れ、空間の広がりを想起させる作品だ。
小澤さんは、身の回りのものを、生と死、輪廻のメタファーとして作品にし、この世界を、その中で物事を支配しようと右往左往する人間の姿を、照らし出している。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)