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黒田恵枝個展 アインソフディスパッチ(名古屋)で9月17日-10月8日

AIN SOPH DISPATCH(名古屋) 2022年9月17日〜10月8日

黒田恵枝

 黒田恵枝さんは1987年、福岡県大牟田市生まれ。2010年、多摩美術大学美術学部情報デザイン学科情報芸術コース卒業。 

 15年ほど東京で制作した後、約2年前からは出身地の大牟田市を拠点にしている。福岡、東京を中心に個展を開催してきた。

 各地のグループ展にも出品。近年は、国内外でアーティスト・イン・レジデンスに参加している。

黒田恵枝

 使い古された衣類を素材に、「ぬいぐるみ」を手縫いで制作している。今回は、それらを使った写真作品も初めて発表した。

 モチーフは、黒田さんが空想によって生み出した独自の生き物「もけもけもの」。「もののけ」と 「けもの」から作った造語だ。

 人間、動物や、妖怪、エイリアンなどが合わさったハイブリッドな印象である。作者によると、そうした複合性を備えた存在は、「私」たちの分身(自画像)でもある。制作した「もけもけもの」はすでに300体を超えている。

 黒田さんは、アニメーション、とりわけスタジオジブリ作品、ポケモンが好きというので、そういう影響もありそうである。

黒田恵枝

2022年 Stories

 日本では古来、森羅万象に「神」を見出してきた。そうした見えない畏怖すべき対象は、否定的に捉えられた場合、妖怪にもなりうるという表裏の関係がある存在である。

 人間の不安な内面が投影された存在でもある。私たちは、永遠不変ではなく、怖れを抱えて生きる、うつろいゆく不確かな存在である。

 人間は、脳と自己意識が発達したことで、自分と他者を分離し、他と自分を比較するようになった。エゴによって自分のために欲望し、判断(妄想)し、ときに自己否定して苦しむ。そして思い通りにならないと、怒る。

 こうした反応が、よりエゴを強め、執着によって自分を追い詰める。筆者が思うに、「もけもけもの」は、黒田さんにとって、そうした多様な顔、喜び、悲しみ、不安、怖れ、正邪を抱えて生きている人間の化身である。

黒田恵枝

 姿かたちは、妖怪、動物だが、仕草やたたずまいが、人間らしいのはそのためだろう。愛くるしい表情、怖く不気味な外見など、さまざまなパターンは、そのときの黒田さんの内面を反映している。

 写真作品の「Stories」は、ここ2年間で撮り始めたものをベースにしたシリーズである。「もけもけもの」を撮影したのは、それぞれの制作場所の近くである。

 大牟田市のほか、アーティスト・イン・レジデンスで滞在した韓国・釜山などがある。

 今回、出品された「もけもけもの」は、穏やかな、かわいい印象のものが中心だが、過去にはそうでない場合も多くあった。

黒田恵枝

 良きこともするが、悪いこともする。貢献し、与える存在でもあるが、同時に、傷つけ、災いをもたらすこともある。まさに人間の内面そのものであって、不気味でありながら、かわいい両義的な生き物である。

 素材となる衣類は、使われなくなったものとしての「死」、手縫いによって新たな命を注がれたものとしての「生」のはざまにある。

 生活の中で時間と労力を伴う家事労働のプロセスである手縫いを、黒田さんは、祈りのような行為と捉えている。

黒田恵枝

 民俗学的に、日本では、縫い目に呪力が宿るようにも言われてきた。「もけもけもの」は、そうした存在として、生死、聖俗、善悪の境界、この世とあの世、生きた体と宇宙を行き来する伝達者でもある。

 見える世界、知っている世界と、不可視のもの、大いなるいのちを往来し、私たちに、つながり、すなわち縁起を意識させる存在である。

 「もけもけもの」には、仏教の印相と同じ手のポーズをしているものがある。

黒田恵枝

 「六甲ミーツ・アート 芸術散歩2019」に、黒田さんは六地蔵を出品したが、そのときの「もけもけもの」は施無畏印、与願印などの仕草をし、マツボックリ、ドングリで出来た数珠など、森の中で集めたものを手にしていた。

 もけもけもの」は、この世界に生を受けた人間の慈しみ、喜び、悲しみ、苦しみに寄り添う存在である。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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