JILL D’ART GALLERY(名古屋) 2021年10月23日〜11月14日
久野彩子
久野彩子さんは1983年、東京都生まれ。2008年、武蔵野美術大学工芸工業デザイン科金工専攻を卒業し、2010年、東京芸術大学大学院美術研究科工芸専攻(鋳金)修士課程を修了した。
東京を中心に個展を開催。最近は、2021年の「電線絵画展-小林清親から山口晃まで-」(練馬区立美術館)や、「奥能登国際芸術祭2020+」(2021年9月4日〜11月5日)にも参加した。
2019年には、金沢21世紀美術館のアペルト11として個展「都市のメタモルフォーゼ」も催された。
ジルダールギャラリーでは、2020年に「山内喬博 / 久野彩子 二人展」として作品が展示された。個展は初めてである。
久野彩子さんのベースとなる制作方法は、ロストワックス鋳造技法である。
ロウで作った原型の周りを鋳物砂や石膏で覆い、加熱によって中のロウを溶かした後、空洞に溶かした金属を流し込んで鋳物に置き換える技法である。
久野さんの場合、ロウ原型をつくった後、鋳造自体は専門業者に依頼するようである。
真鍮等で精密な立体を造形した作品のほか、それを木やアクリル樹脂など他の素材と組み合わせた作品もある。
久野さんの作品は極めて精巧、微細であるために、硬質な金属の質感を保ちつつも、細部が華奢、繊細な印象を与えるのが何よりも魅力である。
そして、作品によっては、繁殖し、移動していく生命体のような印象を与え、筆者は、そうした不思議な存在感を写真で見た粘菌に重ね合わせた。
Rebirth
主要なテーマは都市空間とのことだが、作品は実に多様で、未来都市に見えるものから、逆に、崩壊していく都市、すなわち廃墟をイメージさせるものもある。
ディテールの表現技巧が超絶的で、多くの作品が、増殖しながら変容する、あるいは、うごめき、周囲を侵食していくような生命力をはらんでいる。
それは無軌道に拡張していく都市を想起させるとともに、そうした密度の中の繊細なバランス、造形美が、ある種の儚さ、崩壊の予兆を見る者に感得させるのである。
金属的、人工的な建造物の構築と崩壊が、同時にバイオモルフィックな様相を呈し、死と再生、生体的な新陳代謝を想起させるのは、スリリングなほどである。
ギャラリーによるインタビューで、久野さんは、こうした緻密な作品について、銅像のように重厚な鋳造のイメージを変えたかったと述べている。
そこから、繊細さや生動感が生まれ、無機的な都市空間があたかも1つの生命体のようなイメージに変容するのである。
久野さんは、都市空間のカオティックな密集と展開を、ネガティブなものではなく、むしろ、生命体としての成長、進歩、希望などのアナロジーとして、積極的に捉えている。
だからだろう、久野さんの創造する作品は、宇宙空間の都市ともいえるスペースコロニーなど、未来的、SF的な構造物や宇宙船なども想起させる。
筆者はふと、1996年、東京都現代美術館で開催された「未来都市の考古学」という展覧会を思い出した。
この展覧会は、過去の各時代におけるその時点での「現在」からみた都市の未来像を特集したものである。
いわば、過去の創造者たちが夢想した未来都市のイメージで、展覧会では、そうしたユートピア的世界をコンピュータ・グラフィックスなどによって再現していた。
ピラネージ(18世紀イタリア)の都市のイメージ、フランス革命期(18世紀)のブレ、ルドゥー、ルクーによる幻視の建築、20世紀のイタリア未来派、ロシア構成主義など、さまざま都市空間が提示された。
筆者は、多義的である久野さんの生命的都市に、それらの過去から見た未来に連なるイメージを“幻視”したのである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)