ルンルン(左)と、home(右)
ケンジタキギャラリー(名古屋) 2021年9月10日〜10月9日
小杉 滋樹 Shigeki Kosugi
小杉滋樹さんは1979年、静岡県生まれ。2004年、名古屋造形芸術大学洋画コースを卒業。2006年、同大学彫刻コース研究生修了。愛知県瀬戸市を拠点に制作している。
2016年にSee Saw gallery+hibit(名古屋)で個展「ワレワレハ宇宙人デアル」を開いているが、筆者は見逃している。ケンジタキギャラリーでの個展は初めてである。
2019年、「アイチアートクロニクル 1919-2019」(愛知県美術館 )に出品。愛知県瀬戸市の旧産業技術総合研究所中部センター瀬戸サイトでの「瀬戸現代美術展」にも参加した。
両展とも筆者は見ているが、個展でまとまった作品を見るのは初めてである。とてもユニークな作家である。
陶を使った頭像や木彫などの立体と、平面絵画の両方を制作しているようだが、今回は、大型の絵画を思い切りよく展示している。小品はない。
2021年 ケンジタキギャラリー
面白さの1つは、独特のイメージにある。画面の中のキャラクターに見えるもの、抽象絵画のような空間が、実はそうでなく、日常的な光景をモチーフに再現的に描いているのだと知って、驚いた。
具象的なイメージから抽象的なものが生まれるのは一般的なのだろうが、それがありふれた現実的な場面から来ていることがかえって新鮮なのである。
具体的なモチーフは後述するが、一般にはあまり選ばない、とても卑近なものである。
油絵具の塗りは、驚くべきほど厚塗りである。絵具が混ざらないように単色でキャンバスに載せているので、筆で描いているというより、貼り付けている印象である。
勢いのあるイメージと、カラフルな色彩によってポップな印象があって、見ていて元気が出る。
絵具をチューブから直接出したり、注射器に入れて出したりということも試みている。
支持体に絵具を厚く貼り付けた感覚、あるいは、その絵具の層を削ったり、剥がしたりした表現というのが、今回の作品に見られる印象である。
結果、画面は大胆で、とても力強い。
名古屋造形大では、絵画を画家の長谷川繁さんから学び、研究生時代に渡辺英司さんから彫刻を吸収した。
確かに、小杉さんの絵画作品を見ていると、立体を制作するときの意識の延長で制作されている印象がした。このあたりは、作家にもう少し聞きたいところである。
つまり、絵画を制作するときの小杉さんの素材の扱い方には、絵画的な部分と彫刻的な側面がある。
形は簡略化されつつ抽象化されているが、どちらかというとデフォルメという感覚に近く、それを絵具を貼るようにかたちづくっている。
「アブないヤツ」「アブないヤツら」は、いずれも宇宙人のようなキャラクターを描いた絵かと思ったが、夜の暗闇の中、道路に飛び出し、車のヘッドライトに照らされたネコがモチーフになっている。
つまり、筆者が宇宙人だと思った形象は、ネコということである。だから「アブないヤツ」で、一匹のときは「ヤツ」、二匹のときは「ヤツら」である。
「リンリン」や「ルンルン」は、渋滞した車の間をすり抜けるように道路両側から横切る2人の自転車のおじいさんのすれ違う場面を描いている。
絵画のモチーフとして一般に描かないものを選んでいる、と前述したのは、こういうことである。思わず顔がほころんでしまう。
橋の下で寝ている人をモチーフにした作品「home」は、今回の作品の中では、最も抽象絵画に近くなっている。
「ゴリラ家」は、ゴリラの家族を描いたものだろうか。
厚塗りで白を平滑にした地の上に、荒々しくのばした黒色の絵具が貼り付いている。じっくり思案して描いたというより、短時間で仕上げた感じがする。
いずれも、計算したような意図を感じさせず、たとえ、そうした狙いがあったとしても、絵画への形式的なアプローチを鑑賞者に意識させない。
身近な光景をモチーフに、ただただ自在であり、嫌味なく、おおらかなのが小杉さんの作品の魅力である。
ヘタウマというのを通り越して、日常的な場面が斬新なイメージに転じていく大胆さがなんとも不思議な感覚である。
ありふれた日常の場面、出来事にインスピレーションを感じるのか、それへの温かく寛恕なまなざしを感じる。
それが厚い絵具の平面的なデフォルメによって、貼り付けられている。余分な要素を削ぎ落としつつ、手技の触覚性を強めた作品は、パワフルで存在感がある一方で、ユーモアにあふれている。
ありふれた世界がとても謎めいた温かいものに見えてくる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)