See Saw gallery + hibit(名古屋) 2023年5月13日〜6月24日
衣真一郎
衣真一郎さんは1987年、群馬県生まれ。2013年、東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻卒業。2014-2015年、パリ国立高等美術学校交換留学。2016年、東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画修了。
2019年、若手を紹介する東京オペラシティ アートギャラリーの「project N 75 衣真一郎」で作品を展示した。
2023年「三菱商事アート・ゲート・プログラム 2021–2022 支援アーティスト6組による新作展」(東京・代官山ヒルサイドフォーラム)、2022年「あの風景を探しに美術館へ」(高崎市美術館)などのグループ展に参加している。
愛知県では、2016年にSee Saw galleryでのグループ展に参加。個展は初めてである。
色や形、絵画空間のつくり方、筆触の処理に独特のものがあって、絵画の形式面へのアプローチを感じたが、初日にあったトークイベント(衣さんと蔵屋美香・横浜美術館館長)を聞いて、形式と内容を融合させたークな取り組みだということが分かった。
横たわる風景 2023年
ユニークといえば、衣さんが描くモチーフが、古墳や、それに関係する埴輪、石室などであることだろう。衣さんは、古墳オタクである。
ちなみに、筆者は、27歳から29歳のころ、奈良県橿原市で考古学担当の新聞記者をしていた。衣さんが、天理市にリサーチに行ったと語っていたが、筆者は、まさに、天理市や桜井市、橿原市、明日香村などで考古学漬けの日々を送っていたのだ。
実際の取材対象は、橿原考古学研究所、奈良国立文化財研究所、その他の自治体の教育委員会などで、発掘現場を回った。
衣さんが、古墳に注目したのは、形の面白さ、サイズ感にあるようだ。前方後円墳でいえば、古墳の形は人の形に似ている。
また、普通、前方後円墳は上から見ると、円と方形がつながった形をしているが、真横から見ると、2つの小山が並んだ形である。
ただ、葺石で古墳公園として整備された古墳や、陵墓として管理されている場合は別として、ほったらかしの古墳は、「古墳」と認識するのが難しいこともある。
実際、筆者が1990年代前半に取材した、奈良県で最大、全国で6位の規模の巨大古墳(全長318m)で陵墓参考地の丸山古墳(見瀬丸山古墳)は、全体を見渡すことができず、畑の広がった丘のような印象だった。
衣さんは、こうした、古墳のランドスケープをきっかけに、造形、視点の移動、色彩などにこだわりながら、描いている。
蔵屋さんは「20世紀絵画の王道」という言い方をしていたが、まさにモチーフの中味と絵画の形式面の両面から、描いているのが衣さんだ。それが個展タイトルの「横たわる風景」にも現れている。
衣さんは、形をおおらかに捉えつつ、対象のスケールを大きくしたり小さくしたりと往還しながら、同時に、俯瞰した形や横から見た形など、視点が変わった風景や、同じ空間にはありえないもの(例えば、古墳の横にピラミッドがある)を1つの画面に同居させ、それらを融合させている。
つまり、1つの視点から見える風景を明確なパースで描くのではなく、対象や大きさ、視点を自在に変えながら、いびつなパースペクティブとして描いている。
また、古墳の形や、地勢の高低差をデフォルメして描くなどして、古墳や山から、造形性や空間性を探究している。
面白いのは、具体的な物と、記号化した形そのもの、あるいは色そのもの、筆触そのものを布置するように並べ置いていくように絵画をつくっていることだ。具象的な要素はもちろんあるが、それだけではない。
とりわけ、空などに、色の塊のタッチを置いているのが際立つ。つまり、一定のパースをもった空間性と、二次元の平面性がシームレスに融合したような絵画で、そこに、色彩の筆触そのものも等価に置かれている。
そうした形式性を考えながら、古墳や埴輪、作家の故郷である伊香保温泉(群馬県渋川市)の急傾斜地、榛名山など具体的なモチーフが描かれている。
同じ画面で、水平方向と上から見たときの視線が混ざり合い、色と形が類似したもの、タッチ、具体物の存在感と記号が等価に布置され、スケール感の違い、過去と現在が往還される。
ゆったりとした時間が流れている。それは衣さんが画面に向かう時間であるとともに、空間の複雑さ、厚み、過去から未来への時間でもある。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)