目黒陶芸館本館(三重県四日市市) 2022年5月22日〜6月9日
今野朋子
今野朋子さんは秋田県生まれ。1994年に香港で陶芸を学び、1999年、愛知県常滑市に工房を構えた。
2000年代に入って、数々の公募展に出品。第30回長三賞常滑現代陶芸展大賞(2011年)、第9回国際陶磁器展美濃銅賞(2011年)、第4回菊池ビエンナーレ奨励賞(2010年)などの受賞歴がある。
インドネシアのバリ島やバンコクに拠点を移し、2020年2月に帰国。その年9月にも、目黒陶芸館で個展を開いている。現在は、信楽(滋賀県甲賀市)で作っている。
主に練り込みによる色彩豊かなオブジェを制作。今回は、江戸末期から庄屋を務めた平田家の住宅(国登録有形文化財)の建物内と、庭園に作品を配した。
全体に力のこもった充実した展示である。
建物内は、大小さまざまなオブジェが畳や床の間などにさりげなく置かれている。
庭園の作品は、展覧会終了後も1年間そのままにされ、オブジェが随時、追加される。秋には、キノコのオブジェを増やす構想。時間とともに古び、あるいは苔むし、草や枯葉に覆われるなど季節によってうつろうさまも取り込む。
2022年 目黒陶芸館本館
オブジェは、部分的に植物や果実、あるいは、海洋生物などを想起させつつ、今野さんの中で膨らんだイメージが連鎖するように接続していくようで、カラフルで幻想的。シュルレアリスム風ともいえる。
水がテーマという今回の展示では、オブジェのところどころでガラス質によってみずみずしさが強調され、全体がウエット感に満ちている。
潤いが感じられる作品からは、生物や生態系、それらを生み出した地球環境というものまで想像される。水は生物にとっての母であり、生命そのものである。
色彩的には優しい半面、過剰ともいえる装飾性や形の不気味さもあいまって、古生代の想像上の海洋生物と言ったらいいのか、どこかこの世とは思えない異世界を感じさせるところもある。
こうした装飾的、過剰な雰囲気の陶芸作品は、2000年前後から若手を中心に制作する作家が多く見られるようになった。
小さな断片を増殖させるように集積させ、そこから素材と陶芸プロセスを強く意識させる形態や、オブセッションなどの心理的なメタファーを生み出す場合もあるが、今野さんの作品は、むしろ、イメージそのものの喚起力が強い造形である。
建物内から庭園へと広がる展示は、個々のオブジェ性を超えて、全体を面としたインスタレーションと捉えることができる。
今野さんは、庭園を中心に生命力があまねく満ちた楽園をイメージしている。
作品の細部に目を移すと、細胞、突起、棘、鱗や紐、花弁、果実、リングなど異質な形状が増殖、集積する姿は、まがまがしいほどである。
一方で、ところどころに、精霊、妖精をイメージしたという、愛らしい顔の作品がある。
その意味では、物語性もはらんでいて、日本の伝統的な建物と庭園を楽園と見立て、そこに妖精、精霊が棲んでいるというイメージだと分かる。
同時に遊び心というのか、建物や庭園と呼応するような仕掛けもある。掛け軸の前に置かれたオブジェは、絵の中の鳳凰と響き合うような鳥の形を模している。
その横には、焼き物による多種多様な花を増殖させた、まさに楽園ように美しい掛け軸、あるいはタペストリーのような作品もある。
庭園では、植物とそこに棲まう妖精たちのイメージで、おびただしい数のオブジェが展開。庭園に同化するように、一部は、草むらの中にひっそりたたずむものもあって、宝探しのように鑑賞を楽しむ雰囲気もある。
展示会場は、中門から庭園、書院へと進むが、門から奥へ向かうにつれ、オブジェの一部が《welcome》のアルファベット1文字1文字の形をしている。
今野さんのクリエイションは、空間に充満する生命力、エネルギーを見せてくれるようであり、豊穣という言葉こそふさわしい。
同時に、私たちは、それを普段、忘れすぎている。人間社会の意味の世界、支配とコントロールを超えたところにある生命エネルギー。
アニミズムと言ってもいい、人間が見失っている多種多様な生き物が棲まう楽園のような世界の中を、想像力とともに遊歩する。
焼き物によって、そんなみずみずしい生命の流れを感じさせてくれる豊かなインスタレーションである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)