日本料理 寶樂(愛知県一宮市) 2019年9月7日〜10月27日
「公器」は、「おおやけ」のことであって、例えば、「新聞は社会の公器」などという。そこには公共の役に立つもの、の含意がある。愛知県一宮市の料亭「日本料理 寶樂(たから)」は、美術家の松本幹永さんの家業である。この企画は、料亭の日本建築の空間、庭などを会場とした展覧会の第一弾である。2019年夏には、プレイベントとして、寶樂の現代美術コレクション展を開いている。
なぜ、松本さんは自分の仕事場である料亭を会場に展覧会を企画したのか。聞くと、もともと料亭は文化人、粋人、後援者が集う、地域文化の発信の場所だった。社会の分業化が進み、料亭のそうした機能が失われる中、料亭の文化的な場所性を現代に再生し、一宮の文化に資するものにしたいというのが趣旨である。そのため、地産地消の文化版になぞらえ、出品者は尾州(尾張)にゆかりのある人を中心としている。
建物2階の大広間に展示されたのは、美術家、伊藤千帆さんのインスタレーションである。伊藤さんは以前、天然ゴムを中心にしたインスタレーション作品などで知られたが、近年は、他の素材の存在感が強まり、これまで以上に空間性を意識した作品へと展開している。2019年1月4日〜3月24日、三重県立美術館で開かれた現代美術のテーマ展「パラランドスケープ “風景”をめぐる想像力」では、天井高のある美術館のエントランスホールで、枝が伸び広がるインスタレーション「ひずみ、反響する声」を出品したが、今回の作品もそれに連なるものである。
作品を展示した大広間は、床の間が対峙するように向き合う構造。伊藤さんは、それぞれにステージのような台を設置し、天井近くに皮を剥いだケヤキ、桜の枝を吊るしている。その奥には、掛け軸、あるいはタペストリーのように加工し、ステージの木目を転写したゴムを飾っている。伊藤さんの狙いは、来客をもてなす演出である床の間の空間にステージ、伸びやかな枝、ゴムという異質なものを配置することで、空間の性質を顕在化することである。枝は緻密に計算したかのように継ぎ足され、まるで自分で意思を持っているかのように空間に伸びている。ステージの上は結界のような空気の密度を意識させ、中心を欠いて、かき分けるように進む枝、逆に視線を集約させるゴムの掛け軸、タペストリーと相まって、それぞれの空気感の違いを引き出している。
中庭では、建築家の安井聡太郎さんが、「問庵(といあん)」と名付けた小さな庵(茶室)を造ろうとしている。柱は全て庭石で受け、高床になっているのがユニーク。釘はできる限り使わない伝統工法を採用し、自分が住んでいる一宮市内の土や藁、木曽川河畔の竹や砂、石、古民家の梁丸太など、自然素材を中心とした材料を使っている。まだ、建設中ながら、庭の空間に馴染んでいて完成が待ち遠しい。何でもインターネットで手に入る時代、あえて身の回りの材料で、自分の手を動かし、つくること。安井さんの雅号は「弄煌(ろうこう)」。どんなものにも小さな煌めきがある、それを身近に置いて楽しむという意味だそうだ。10月上旬に初釜を予定している。
織部亭の大島誠二さんの書や、短歌、写真の展示コーナーには、地域とそこで出会う人々への愛情が詰まっていて、リラックスできた。家具作家の福田陽平さんの木工家具は、ありのままの木の魅力を引き出し、素朴な趣を発している。
松本さんは、こうした展示を年に1、2回程度開催したいとしている。